書かなければやってられん

机の前に座ることすらしんどかったことを考えれば、ここ数日の私はえらい。

書きたいことを書くのは辛いことではないはずなのだけれど、これが私には辛くて。小さい頃から変わらない。

中学生の時、まだSNSなんてなかったから、自分の書いたものを形にしたくてたまらなかったのにやりようがなかった。
もし私が今中学生なら書いて書いて書きまくって、それを読んでもらいたくてたまらなかったろう。

私は書くことをいわば仕事としたのだけれど、今ものすごいスランプの中にいて、少し前までPCの前に座ることすらできなかった時期もあって。今は少しずつ座れるようになっている。
いきなり完璧なものを目指さず、まずは自分の書きたいことを書きたいように書けばいいのだろうが、私の仕事をする世界にはルールがかなり厳しく存在していて、希望や憶測でものは書けない。
何十年も書いたものを褒められたことがなくて、ろくなものを書いてこなかったし、書けば怒られて、世に出してもらえず、もちろん自分が悪いのだけれど、自信が全くない。

noteはアカウントだけつくってあまり活用していなかったけれど、本業を進めているとどうしてもエネルギーが宙に浮くことがあって、そんなときここに逃げ込んでこうやって文章が書けるのがありがたい。

そろそろ戻ろうか・・
いやもう少し。

ここ数日悲しみが強くて、自分の娘でもないのに、食事が通らなくて、眠れなくて・・
安らかにいてほしいとただひたすら祈っていたら、イギリスからは在位70年を超えた女王がなくなったというニュースが届いて・・
私は在位が長かった康熙帝や乾隆帝を思い出し、彼らがなくなった時当時の清朝の人々は大きな変化を感じたのだろうな、などとちょっとずれたおかしなことを思ったのだった。

今も悲しいニュースの続報を見てしまいそうになって、ぐっと我慢した。
心臓が締め付けられそうだ。

そうそう、いつも世話になっている整骨院の先生にあかちゃんが生まれたそうだ。どうか健やかに育ってほしいと、心から祈った。生まれてくる命に私たちは希望を見いだし、明日に進んでいくしかないのだろう。

戻ろう。

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