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仕上がった高齢妊婦の記録④~出産編②~

麻酔医不在の週末深夜に本陣痛が来てしまった不運な妊婦ことダースベイ子です。

8時45分に麻酔医到着。間に合った・・・!
そして9時くらいには硬膜外麻酔イン。

麻酔医「効くまで30分くらいかかるけど、大丈夫?」
本陣痛後、ここまで7時間以上頑張ったんですもの大丈夫です・・・!
徐々に弱く感じられる陣痛。効きだすと、これまでの痛みが嘘のよう。

なお、本来ならば本陣痛3時間半くらいで硬膜外麻酔を打てた模様。
なんとおかわり4時間(・▽・)クッソー発狂するかと思った

助産師「4時間も頑張ったから、もう子宮口9センチ以上開いてるわよ!順調なお産になりそうねー」
とか慰められてた。
※無痛分娩はお産が長くなりがち

その後、硬膜外麻酔の他、諸々の点滴針が両腕に刺されて管だらけの状態。

ほぼメカ丸(呪術廻戦より)

この状態で食事したり、オットに水分を要求したり(麻酔医くるまでほぼ水分・食事摂取できず)、いきむ練習したりなどして気が付いたらお昼。
人口破膜(人工的に破水させること)で本格的なお産がスタートした。

てゆか、無痛分娩だけど、結局ちょっと陣痛の時は痛いぞ・・・?と思いながらいきむ。
しかし、これまでの筋トレのおかげで、筋肉の使い方はわかっている。
助産師さん(褒めて育てる派と推察)に褒め頃されつつも、いきみの際の力の入れどころはばっちりだった模様。やはり筋肉は全てを解決する(しない

おお、股になんか挟まってる感じきた!結局痛いけどもう少しだー!
となってるときに横のオット見たら、もう泣いてた(・▽・)お早い
で、14時半ごろに無事出産。賞味12時間半での出産だった。
日本に人口が一人増えた。うぉぉ!
産声も聞こえてひと安心。

その後、新生児に対する処置と私の後処理で、スタッフが総勢15人くらいわちゃわちゃしていたのだが、私の方がなんか様子がおかしい。
私の股の向こう側で、出血が止まらないと人々がバタバタしていたのだ。しょうみ10人くらい(・▽・)
1人、麻酔医だけ所在なさげに私の上半身周囲でウロウロ。
ベイ子「せんせい、ひょっとして私いま、大変な感じだったりします?」
麻酔医「大丈夫、そうならないように予め準備してあるし(肩ポンポン」
とかしつつ、その後もウロウロ。
そうかー、どのみちまな板の上の魚状態でなんもできねぇわー
と、遠くでオットが助産師たちと赤子だっこしてキャッキャウフフする声を聞きながら眠気に耐えていた。

産科医「今、出血がかなり多くなってしまっていて、輸血するかも〇▲◇◎・・・」
ベイ子「・・・(目が閉じる」
産科医・助産師「ベイ子さん!?ベイ子さん!大丈夫ですか!」
ベイ子「ハッ、すみません、一瞬寝てました・・・」

途中、
助産師「今、ちょっと様子を見てるところですが、赤ちゃん連れてきます?」と言われたが、あまりの眠さに
ベイ子「あ、別にいいですー・・・(スヤァ」
となってたくらいだ←

その後、どうにか輸血なしで一巡。なんと出血は1260mlだったそう。
弛緩出血という、お産後うまく子宮が収縮せずに出血が止まらなくなる症状で、高齢出産にみられやすい症状だった模様。
コウノドリで見たやつ!とか喋ってた(・▽・)進研ゼミかよ
さすがの大学病院、脅威の安定感で対応してくれて感謝である。

やっと赤子と、赤子抱っこしてほっくほくのオットと、ドすっぴんヨレヨレの私(引き続きメカ丸)で記念撮影。私は車いすで部屋に移動し、オットはこの後一旦帰された(夜に面会に再度きた)。
オットも睡眠2時間で、その後ずっと背中さすったり手を握ったりなんだり付き添ってくれて、夫婦ともどもヨレヨレ。思えば、直前にイタリアンがっつり食べといてよかったなー。

こんな感じで私のお産は終了。
まとめると

・計画分娩決まってるときは下手に陣痛促すムーブはするな
・陣痛始まると食べるどころじゃないから、食べれるときにしっかりたべとけ
・麻酔はすごい
・大学病院の安心感すごい
・筋トレはお産にも役立つ

その後、出血しすぎて発熱。一晩苦しんだあと鎮静化したが、いきんだ影響による背筋の超絶筋肉痛は数日続いたのであった(最初は胃痛かとおもった

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