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短編小説『ジウェセック』

世界中に散らばる、いくつかの特定の条件を満たした空洞を一箇所に集め、圧縮したときに発せられる音が聞こえる。目を閉じて心の中を探索しようとするが、緑色の自警団に「これ以上深く潜ってはいけない」と止められる。わたしは、内側では無く外側を目指さなくてはならないようだ。しかし外側を目指すことはひどく困難を伴った。誰かが笑っているのが聞こえた。未知の不安よりも見知った不安のほうが良いとすら思えるほど、全身が不安でまみれていた。それだから結局、どこにも向かえず立ち往生していたのだ。
わたしはスペースシャトルに乗った。自分が乗組員の数に入っていないと知りながら。スペースシャトルの中では、夢と睡眠が固着してなかなか剥がれなかった。全身が痺れる流れ弾のようだった。与えられたものをただ撫でていればよかった。わたしもそれで十分だった。
深海では無く深い森の中への探索が始まった。ときどき緑色に光る森は、ほとんど宇宙のようだった。苦しみに耐えられないから、みなバネの山に登って次の星を目指すのだった。手を繋いで同じバネに乗り、同じ星で皮を剥き合う。左側が愛で痺れている。心地良い獄中。スポンジで出来た檻。目の前を通り過ぎる囚人たちのパレード。触れようとすると、美しい音色が糸となって全身に絡みつく。その快感のせいで、どこに何故移動しようとしていたのかも忘れてしまう。
ただ、そんな中でもこれが永遠には続かないことは分かる。永遠に最も近いものが反復だった。きめ細やかで正確な反復。それでも絶対に同じものは無かった。どんな最新の技術を駆使してさえ。
同じ船に乗っている。赤と青と緑で縁取られ、花々に囲まれた白い船。また宇宙に戻って来たのだ。いつか訪れたことのある、美しく安全な宇宙。誰も害を与えてこない、美しく不思議なだけの一つの存在。体内で細胞がスライドしていく。わたしは常に、記録と記述を通してだけこの世界と繋がることが出来ていたのだと知る。繭のように体を包む笑顔の仔猫。虹と戯れるのを心から好んでいた。
頭の中の隅々まで文字で埋め尽くされている。忘れた言葉、まだ知らない言葉、よく使う言葉……吐き出しても吐き出しても、シュレッダーをかけるように言葉が降ってきて止まらない。シュレッダーの中のゴミ袋を交換する作業が大嫌いだったけれど、これからは大切な仕事と思ってやることにしよう。あなたの行うそれが、こんなにも大変な(もちろん、苦痛では無いけれど)役割だったなんて知らなかったものだから。
無知でも美しいドラムは叩ける。ただそこに夏季休暇を挟めばいいだけなのだ。音や行動や陰影が、全て言葉に還元されてしか認識出来ない。だからこうして、どんどん言葉が溜まっていく。
美をそのままこの手で捕らえたい。心臓が強く震えて止まらなくなるほどの感動を味わいたい。自分を直截に傷つけないため、あらゆるものを言葉に置換し、安全性を確かめてから接して生きてきた弊害だ。隣で美しく眠る生き物の胸から下は、天使の羽で覆われている。わたしが叫ぼうとすると、誰かに取り押さえられてしまう。何故自分だけ感情をあまり表に出してはいけないのか、その理由までは分からない。
夢の右手、国境を超えた先にある誰もが話せる言語。雲の上で踊っていると思っていた、神々の話す言葉が聞き取れる。おしゃべりの意味がたまに理解出来る。しかしそれをここに、文字に起こすことはどうしても出来ない。わたしにはそこまでの言葉が味方についていないからだ。だから何度も同じ言葉を繰り返す。そして必死に伝えようとしている。あなたがたった一度の身振りで感得したそれを、一生の時間に込めて。
ゆっくり消化されていく吐き気。あなたは死との直接の接続を恐れているが、死はチューブで繋がっており、われわれの魂はそこから涅槃に排出されるのだ。先に辿り着いた者たちはみな、神様のような面構えをしている。とんだ恥知らずども。生前は散々な人間だったくせに。それでもそんなふうに、生前どんなに不幸の連続だったとしても幸福の連続だったとしても、涅槃では全てが等しく、あなたとの愛だけが永遠に絶え間なく流れ続ける。
相手の反応を見て初めて、自分が何を言ったのかを理解する。われわれは新しい音楽を使い古された耳で聴く。だから船酔いする。そうだ、ピアスを空けないといけないんだった……と言うと、彼は「あそこの店は安いよ、BからCになっていたよ」と言った。耳慣れぬ通貨単位だ。Cが安いのなら、Zなんてマイナスなんじゃないか?
たれかれの感情のためでは無いもののために捧げられた音楽を聴いている。軽い船酔いを覚えながら。一度沈んだはずの太陽が、同じ軌道に沿って再びここに戻って来る。そういう操作が出来る音楽。われわれは音楽の操る不可思議な自然現象に、ただ身を委ねることしか出来ない。大きな白い船に乗って。軽い船酔いを覚えながら。それでも美しい光景を目の当たりにするために。われわれは無理矢理明るい未来を想像し、そこに向かう計画を立て、日々をその実行に費やす。そんなことをしなくても、未来はいつも叙述し得ぬ程に、あらゆる叡知を軽々と超越して光り輝いているというのに。勝手に「努力して計画通りにやらないと、未来は暗いものになる」と決め付けている。愚かとしか言いようがない。あなた方がどう足掻き何を想像しようと、実際に待ち受けている未来を超える美など存在しない。
小鳥の鳴き声がよく聞こえる……と思ったら、今回のオークションの出品者は小鳥で、自分の着ている背広をオークションにかけたいらしい。それはまあ、そこそこの値段で売買されるだろう。そう、Dとか……そこまでいかなくても。でもいくらだって良かった。安かろうと高かろうと。あなたと同じ時間を過ごしたいだけだった。同じ場所で、同じ気持ちで、同じ愛で。
わかったか?今、これからトイレのことは「TIME-O」と表記するのだそうだ。別に全く違う言葉でも構わないのだけど。たまたま目にしたのがそうだったというだけで。あいつの掲げていたのが「TIME-O」だったというだけで。本当は何だっていいのだ。誰が何を言って、意味して、意味されて、使役されて、操作されようとも。この地下を流れる愛だけは誰も脅かせないのだから。
精神の不可侵領域は、愛によってのみ構築出来る。他のもの──例えば怒りや悲しみや喜びでも出来るけれど、それはその場凌ぎでしか無い。尤もどんなに脆弱であろうとも、他人の精神の不可侵領域に入り込んで来ようとするような奴らこそ、弱者と呼ぶにふさわしい。もしそんな奴らに精神の領域を蹴破られてしまったら、相手にはせず、すぐにまた次の場所へ移動して自分だけの不可侵領域を作ればいい。その間に愛が見付かればラッキーで、──本当にただそれだけのことなのだ。無くたってあったって、必ず素敵な光り輝く世界が待ち受けていることは、未来が既に証明済みだ。詐欺師のようなレトリックをやめるとすれば、この世の大体のものは「無いよりあったほうがマシ」程度のものに過ぎない。そんなものたちに、われわれ一人一人がどれだけ固有の意味を見出せるかだ。わたしは一億円なんかより、今この瞬間に流れる盛夏の黄昏時に佇む、あなたの美しい寝顔に無限の意味を感じる。信じられるものは、信じる前からあなたの傍らに居る。あとはそれに気付くことと、信じる強さだけだ。
それぞれの睡眠の端と端から手足が生えている。滑稽な絵面だが、これによって衛生面を保っているらしい。ゾウの赤ちゃんが自分の鼻と戯れて遊んでいる。たった一頭でも幸福に見える。近くにはピンク色の水が噴き出す噴水もある。悲しいことも苦しいことも爆弾も拳銃も武器も無い。静かで穏やかな世界。欲しければ欲しい分だけ欲しいものが手に入る世界。誰からも奪わなくてよく、与えなくてもよい世界。もし奪われても気にも留めないし、与えたとしても見返りなど求めない。だからもっと穏やかに、水の流れに身を委ねて生きていきたい。飲酒運転なんてしない。そもそも車なんて持っていない。運転免許も持っていない。誰のことも傷つけたくない。
もしさっきから今までの間に、貴族の赤ん坊とスラム街の赤ん坊とが同時に産まれたとして、そこにどのような違いがあるのか?その命の愛らしさにどのような差があるのか?誰が誰を傷つけてよいのか?
わたしの頭の中は肥溜で、無限に汚物のような言葉が垂れ流されてくる。これを一生かけて処理し続けなくてはならない。でも(そんな余裕が無いというのもあるが)この作業自体はきらいじゃない。どんなに無意味で無価値だったとしても。この広大な世界の中で、まだいくらでもいくつでもやることはある。その中でそれをやらないのも自由だし、やることも自由だ。ただ誰も傷つかなければそれでよい。それだけでよい。

無職を救って下さい。