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最近noteで読み甲斐のあった小説2023.9

読んだ順です。

酒本歩さんの「サマスペ!九州縦断徒歩合宿」
本屋大賞のベスト10に入るくらいとっても面白い。
大学生がサークル活動として九州を福岡から鹿児島まで
徒歩で縦断する中に、様々な思い、事件、行動が詰め込まれています。
運動系青春小説ですね。恩田陸さんの「夜のピクニック」のテンポを早くして、より身体を意識した物語と感じました。
主人公の悠介はある出来事から、気になっている由里が参加すると言うので、このスペシャルな合宿に参加しています。
けど、そうは言っても肉体的に過酷なばかりか、彼の抱える事情もあって、
脱走が頭に浮かんだりもするのです。
そのたびに引き留められる何かがあって、仲間と同じ経験を共有するうちに
彼は心の向きようを変えることになります。
合宿メンバーの中には、強い思いを持って臨んでいる人もいるし、
責任感で自分を出せなくなっている人もいます。
いつも悠介を気にかけてくれるアッコ先輩、本音で話せる次郎、
リーダーの大梅田、本当にそのあたりにいそうな自然な人物像として
描かれています。
土地ごとの景色も描かれているので、
読み手も一緒に歩いているように思えますね。
作者はプロの作家として活動なさっていて、一行一行が緻密で、
意味のある文になっています。
練られた文なので、ゆっくり文自体を楽しむことができるんです。
お勧めなので、
少なくとも三日目くらいまでは読んで判断してほしいですね。
いつ映画化するんでしょう。
キャストを妄想してしまいます。

井上深海さんの「十三歳の地図」
大人になって自分が ふとしたことから中学生の頃の自分を回想する中で 大切な友 あの時にしか感じられなかった感情 思春期の思い出を追体験するという物語です。
一人称がとても活きていて 引き込まれますね。
「テレビが観たかったら母のいる居間に居続けなければなりません」というセリフなどは ああ そういうのあるなあ わかるなあと思うし 家族関係もわかりやすくしています。
上村は三世代小説が好きで、いつか自分でも書きたいと思っているのですが、この小説も三世代小説なので いいなと思いました。
親子関係だけではなく 友人関係もうまく書かれていて 内緒の話ができるということは本当の友達として認められていることになると主人公が思うシーンや 普段は名字で呼ばれているのに、名前で呼ばれたりと 距離感を測って生きている中学生の感じがよく出ていると思います。
時代を感じさせるヤンキーな先輩たちや その先輩がカンパを募っておいて居心地悪そうにしていることを観察していたり けれどその時の判断が間違っていなかったことを仲間に言われたりと 他のキャラがきちんと自分の考えや思いを持って描かれているので、好感が持てます。
地図とカメラも小道具として印象的な使われ方をしています。
中学生は無力なところもあるけれど、それなりにつっぱって 全力で生きているんだということを感じられました。

内容とは関係ありませんが、第二話、第三話といったように区切っていないので、一見して長い小説です。長い小説はnoteだと読まれにくいこともわかるんですけど、途中でやめてほしくないので、一週間くらいかけて少しずつ読んでみませんか?

girliennesさんの「東京の女の子【短編小説】」
一人称で、テンポよく読める小説です。
「私は東京の女の子になりたい」というセリフが、効果的に物語全体の伏線になっているところが巧いなと思いました。
主人公が歩き回るので、舞台となる新宿の各エリアがそこに滞留する人たちの視線などの違いで描写されています。建物や服装ではなく、視線でというのは他では見ないユニークな点だと思います。
事件が主人公を動かす動力になっているのですが、魅力的なのは周囲の人間たちとの関わりですね。最初は軽いブラックノワールかなと思ったのですが、思った流れとは違い、心地よい物語でした。
創作大賞2023年で、中間発表時点で第一次を通過している作品です。

月と梟出版さんの「バックベイの恋人」
国際結婚の婚約を報告する際に、夫とするはずの人の祖母が認知症で、二人を威嚇します。そして、米国なので銃を持っていて発砲します。すでにいくつもの要素があって、どんな方向にも話が進んでいきそうです。
心が傷ついた水瀬希は日本に帰国、フィアンセのウィルは米国に留まります。太平洋という物理的な距離と 銃声という音の記憶が二人を引き裂いています。ここに登場するのが音楽的介入をする塩谷啓子で、音楽療法の一環だと思いますが、詳しくは知らない世界なので、楽しみです。
視点は希、ウィル、啓子と移っていって、各々の過去が語られます。
そしてタイトルにもなっているミュージカルを契機に付き合うことになったことが明かされます。
ウィルの「ぼくの一番になってください。お願いします」
希のそれは、私がずっと追い求めてきた言葉だった。
この呼応はいいですね。
物語が動き出すのは第二話 音楽的介入からなので、そこまでは読んでから続きを読むかどうかを判断してほしいと思っています。
上村はまだ第五話までしか読んでいないので、続きを読もうと思っています。

読み手としても愉しいし、みなさん面白い作品やユニークな作品を書き続けているので、上村も作家として刺激を受けています。ありがとうございます。

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