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「逆転体質」

「なんか重そうだね」
詩貴の目線を追うと、やっぱり 大人が入りそうなほどに巨大なトランク二つを脇に置いて プラットフォームに続く階段を見上げている外国人の男性だ 少しパーマ イタリア風 たぶん南の方
わたしはさっきから気付いていたので、詩貴の目に触れないように身体の向きをコントロールしたのだが、詩貴は混雑の中で首を振って見つけてしまった
「なにが?」
と言いつつわたしはなおもそこから離れていこうとするが、
「ほら あの人」
と詩貴に腕を掴まれてしまった。
詩貴は困った人を観ると放っておけない体質だ。
それはわたしも同じ。
けど、わたしは助けたくない気持ちもある。
「あ そうか」
詩貴はようやく気付いたらしい。
よかった。
「代ちゃんはここにいて」
よくなかったあああ
「いやいやいや 詩貴一人じゃ無理でしょ。あれすごく重そうだよ。あの怪力そうな男の人だからここまで持ってこられたんだと思うよ」
ラグビー部とかアメフト部とか相撲取りの人が通りかかるのを期待しようとまで思ったが、さすがにそれは言わなかった。そんなのありえなそうだから。
「でも困ってる。日本人て冷たいって思われるのもいや」
日本に悪いイメージを持ってくれれば、来る外国人が減るから、駅も観光地も空いてありがたいんだけど、とは日ごろから詩貴に言っている。だから、知っていてくれるはずだけど、彼女は違う考えだ。
「はあ」
仕方ない。やる気はないけれど、助けよう。少し意地悪でイタリア語は使わないことにする。
「Hello,How can I help ?」
どうやって助けたらいいも何もない、そんなことはわかっている。
怪力なはずの男は助かったーというようにこちらを見るが、女二人だったので、期待外れという表情だ。そんなことはわかってる。それに、助けてほしいのはこちらだ。そして、どうせトランクを二つは同時に上げられないから一つを上げてくれないかと言ってくるんだろう。
「Ah,I can't~」
ほらね 無駄な遣り取りだ 無言で上げるほうが楽なんだよなー 英語を話せるだけましかな~
持ち上げてみると、鉄アレイいくつ入ってるんだーというくらいに重い。詩貴と二人がかりでなんとか持ち上げらる。
ふうふう言って、ようやくプラットフォームまで上げる。
6秒くらいして怪力そうな男も上がってきた。スカート覗いてないだろな。
あーあ 早く去りたい。
「I gotta go.」
詩貴も そうそう私ももう行くね と合わせてくれたらいいのだが、と思って振り返る。電車に乗せる?まさか降りる駅でも手伝うなんてことにしないよね、ね。
わたしは既に去る準備をして 半身になって2mほど距離を取っている。
「Thank you so much」
よし 去るパターンだ。ふう やれやれ
詩貴が走り寄ってくる。
「電車に乗せるのも大変なんじゃない?」
「だろうね。けど、そのくらいは他の人がするんじゃない?」
そもそもあんなに人がいるのにわたしたちが来るまで誰も助けなかったことに、腹が立つ。わたしたちが来る前に助けろよ。まったく なんでわたしなの?
いや、そもそもを言えば、なんで一人で持ち上げられないような荷物を持っているんだ あの人?しかもどうして日本に来て英語なんだ?自分から日本語で助けを求めればいいのに。これでまた日本人は親切だとか言う幻説が広まって、観光客が増えてしまう。やめてほしい。親切なのは詩貴とわたしなのに。ほとんどの日本人は親切ではないのに。
いや、そもそも、なんで駅のすべての階段近くにエレベーターを設置しないんだ?昔は赤帽さんが有料でしていた仕事を なんで、わたしが、無料で、しないといけないの?
「ねえ。電車止まってるみたい」
詩貴の声で我に返る。
「うわー そっちもかー。こりゃ舞台間に合わないな」
「あきらめ早いなあ。まだ止まったばっかりだよ」
「あーあ 助けなきゃよかった。手伝ったことで、あの外国人が早くプラットフォームに上がれるようにしちゃったからなあ」
「1分もかかってないよ」
「わたしたちが助けなかったら10分でもああしていたかもしれない。それがカウントされるんだよ。だから、こっちの電車は10分は来ない。もっとかも。遅刻確定。しかも、あとで何か重いものがあって、階段を上がれなくなること間違いなし」
「よく言ってるけどさ。外れることもあるんじゃない?」
「ううん100%。お金を落とした人に拾って届けたら、すぐに自分がお金を落としたし、躓いて転んだ人に声をかけて助けたら、5秒後に自分が転んだし、道に迷っている人を助けたらわたしが道に迷った。100%だよ。だからいつも言ってるけど、人は助けたくないし、絶対に、死にそうな人は助けない。絶対に。」
「なんでそんな体質になっちゃったんだろうね」
「わたしが知りたいよ」
10分後、電車が来た。一応乗るが、乗り継ぎがうまくいかずに30分遅刻することはもうわかっている。そして、演出の都合上、途中入場はできないということも知っている。終わった。
「はああ どうする」
「どうしよっか」
「チケット代もったいない。1万3000円。真ん中のいい席だったのにー」
「明日、当日券並ぶ?」
「わからない。考える気力なし」
「私のせいだよね」
「強いて言えば、わたしの体質のせい」
「私知ってたのに、けどまさか100%だなんて」
「無理矢理でも無視して行かなかったわたしの気の弱さのせい」
「それは 気が弱いって言うか うーん 何て言うんだろう うまく言えない。私は好きだよ」
彼女が困った人間を放っておく人ならうまくいくのに、二人とも根が善人というこの組み合わせは私の体質的にはよくないなあと思ってしまう。どうでもいいことを考えたり話したりしながら、30分遅れで舞台を見る筈だった劇場のある駅に着いた。
特にすることもない夜6時30分。二人とも早めに食事は摂ったので、食べたい気分ではないということで、アルコールを飲むことにした。

「二人の優しさに乾杯」
「ああ そうね 乾杯」
詩貴はなんだかわからないけれど、メニューに高アルコールと書かれたあたりのものばかりを飲んでいる。わたしは、アルコールは少しでも体に悪いということを聞いてからというもの、あまり飲まなくなった。今日はグラスワインにしているけれど、これもワインを飲んでいる自分がかっこよくて好きだから頼んでいるだけで、味が好きなわけではない。だから、頼んでから1cmくらいしか減っていない。

「ああ 酔ってしまったああ~あ」
それはそうだろう。詩貴を観ると、立ち上がるまでもなくわかる
いわゆる ぐでんぐでんという奴だ。
ここの駅って長い階段しかなかったよな たしか 
重い物ってこれか なるほど




解題
人に善行を施すと、同じ種類のマイナスが自分に返ってくるという体質は、
上村のことです。人を傘に入れることはあっても、傘は貸さないし、財布は拾いません。それでもたまに助けちゃうんですけど、後が嫌ですね。
周囲からは、時々冷たいなあって言われます。違うのにー。自分もこの体質になってみればわかると言いたいのですけどね。
善行ではなくて、「誰かに命令されたから」「サイコロを振ったら偶数だから」「一日駅長のつもりだから」仕方なくするというように、指示、命令、仕事という括りにすると回避できるかもしれないので、最近はいろいろ試しています。
同じ体質の人いますか?

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