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お笑い大惨寺・超短編2月 題「一方通行」選評大会・エントリー作品

2024年2月9日出題 3月10日〆切
お笑い大惨寺・超短編2月 題「一方通行」500文字以内
投稿本数23本(撰者投稿含む)
※作者名は表記していません。

【1】
 昔、「エデンの園」ではさまざまな生き物が平和に暮らしていた。ただ、動物は食べたものは排泄せずにまた咀嚼できるように、腸から胃、胃から食道へ、食道から口へともどすことができた。これは、飢饉になった時の安全策でもあったのだ。だが、糞尿がそこらじゅうに撒き散らされるため、世界は悪臭に満ちた。いかな美女でも、いたいけな幼子でも、糞尿まみれというのは、見た目にも酷いものがあった。
 これを問題と見たジュネーヴ共和国の宗教学者「ジャン=ジャック・ウソー」は、「動物はまだしも、人間は等しく高潔であらねばならない」と『社会契約説』という論文によって、切々と神に訴えた。
神はウソーの訴えを聞き届けられ、「飲み下したものは、永遠に<一方通行>とする」とお決めになった。だが牧場で惰眠を貪っていた「牛」だけは、まさかの飢饉の時に生き延びられるように、「反芻」できるように咀嚼行為を見逃した。
 これが人類の「肉食」を始めた所以であり、人類が口から肛門へと「食物」の一方通行を開始した始めであった。

【2】
目覚めると口がなくなっていた。知らない部屋に寝かされていたことに気付き、身体を起こすと突然、全方位から映像が流れてくる。まるで球体の内部で浮遊する感覚。映像に慣れてくると、懐かしい光と音と香りに包まれる自分に気付く。自分の過去を小さい頃から順に早回しで見せられているのだ。
ああ、あの頃に戻ってやり直せたらな。口のない自分は、過去の自分には声をかけることすら許されない。只、懐かしさが早回しで流れているだけである。

【3】
 今日は、近所の大惨寺の縁日。神道系の大学に通う自分も、気晴らしに一方通行の境内に繰り出した。

 通りの角で、小太り法師が説法をしているのが、目に入った。
 「方丈記を知ってるかい?淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。ところで、川の流れは、どこへ行くんだい?川の水の物語は、雲になって雨となり、続いていく。人の命も同じさ」
 フムフム、一方通行気味の人生が、ちょっとは救われた気にはなったが、続きが気になって、前に乗り出して続きを聞いた。

 「施を知ってるかい?生きている時は、金やしがらみに身動きできない感じだけど、人生の旅も、思いを汲めば、見方も代わり、善を積み、生きた証になる」
 ホッホー、なるほど「旅汲代積」か、とつぶやき、学習中の伯家神道の祝詞と重ねていた。そうそう、テレビでやってた「恩送り」もおんなじだな。塞いでた気分も、軽く明るくなった。木漏れ日もさらに心地よい。

 足取りも軽く、屋台で買った団子を、近くにいた、法師にそっくりのガキにあげて、早速、一日一善の悦に浸った。さて、卒論のテーマは、「茅の輪潜りの一方通行」にしようか。

【4】
 世の中のエネルギーは、時空の矢の方向へ増大する。大惨寺で日々生み出される有象無象の回答も弛まぬ笑いを求め成長していく。
忍び笑いの池の上に緊張の糸で繋がれた本堂は、つまらぬ回答ばかり放つと空へと飛び去る宿命にある。出武将は、それを「縁と炉火ー増大の法則」と呼ぶ。求められ喜捨するのではない、フードバックならぬ、感じて応じて答えて返す修行なのだ。

 恋の片道切符が切ない様に、行ったきりでは島流しと同じだ。一方通行は、「乗せてあげる」とも言われているが、決してついて行かぬこと、それは裏社会で処刑方法を意味するからだ。

 往々にしてこの言葉は、マイナスの意味しか持ち合わせていない。それは、制限を受け自由が少ないからだ。だが、ルールという制限がないと本当の自由は得られず無意味にエネルギーが放出されるだけだ。なので、ベクトルの向きを、らせん状に上昇させたり、蜘蛛の糸の様にネットワーク化すべきだ。一方通行にも自由が得られるかもしれず、様々な偶然の答えにも必然が生じる。自由は偶然を必然に変えるからだ。
 この話の設定が一方通行だとお思いの向きには、第15番大惨寺観光ガイド「大惨寺の不都合な真実」をご覧頂きたい。
                            

【5】

 ――むかしむかし
「はい駄目です。タイトル見た?〈一方通行〉なんだから、過去に戻るのは禁止。たった今の話にすれば十分。何?やり直したい?〈一方通行〉だから駄目。じゃ、先進んで」

 ――浦島太郎は浜辺で子供たちにいじめられている亀を助けるとお礼に
「はいここから先は駄目。亀が龍宮城に戻るのは〈一方通行〉違反です。乙姫とその他一同がお礼に訪れてくれば問題なし。それでいきましょ。」

 ――浦島太郎は龍宮城に行けず見てもないから美しさは絵にも描けません。乙姫は感謝の気持ちをタイやヒラメの「駄目駄目駄目。舞い踊りは動きがいったりきたりなので〈一方通行〉違反ね。」大行進でもてなしました。

 ――乙姫たちは戻ることもなく、数十年〈一方通行〉だらだらと、浦島太郎もみんな後期高齢者になりました。

 ――とりあえず、乙姫は浦島太郎に玉手箱を渡し……
えーっと「何やってんの、話を進めないと終わらないでしょ。面倒だ、私が蓋を開けるから『チョト、オマエ。ダメダヨ。イチドフタシメタ、ソレアケタラ〈イッポツッコ〉イハンヨ。オチブチコワシヨ。チャントカンリシロ、オマエ。チョトコイ。オトシマエツケロ』ぎゃああ」

【6】

 「ちゃんと言わなきゃ伝わらない」って、真実だけど、ちゃんと言ったって伝わらない時は伝わらない。アタシ言霊なんて1μmも信じないけど、周りは無条件に信じ込んでるから同調圧力という自覚すらない。もし、ちゃんと言えば伝わって、本当に言霊なんて存在すんなら、とっくにアイツはアタシのことを好きで、いちゃこりゃ甘い日常に耽ってる。せめて一緒に帰れよ。馬鹿。
 「女子力」とか本当に無理な単語が跳梁跋扈して、それはジジババの言う「大和撫子」とどう違うのか論破し倒したい衝動に駆られる。糞もエンパワーメントしない。どう足掻いても好かれない身に、愛してもらうなんて以ての外。なにかの弾みで家族にすら切り捨てられる。人は変わるんだ。独裁者も虐殺者も権力者も陰謀論者も、きっとなにかの弾みで切り捨てられるのが怖いだけ。勝手な思い込みって構図はアタシと同じ。コントかよ。
 同じ構図でも、怖さに負けて他者を蹂躙したら、どんな美麗な理想も屑だよ。触れる距離は殺せる距離で、笑い合える距離は罵り合える距離だ。なにも伝わらないと承知して、けど、人ひとり傷つけないアタシのがよっぽど高貴だと信じるしかない。
 だから一緒に帰れよ。馬鹿。

【7】

サチコへ
昨日、一緒に食べたハヤシライス美味しかったね。シェフが何日も掛けて仕込んでたんじゃないかな?美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。ところで、昨日の事、考えてくれた?そろそろ良いタイミングだと思って、思い切って言わして貰ったよ。返事、待ってます。

サ「先生、こんな手紙が大地君からきたの」

先「、、え?サチコちゃん大地君とハヤシライス食べに行ったの?」

サ「ううん。それ多分昨日の給食の事だと思う」

先(シェフが何日もってw給食のおばちゃんが朝から作ってんだよ!)
 「え?今大地君とグループ一緒だっけ?」

サ「ううん。クラスの端と端」

先(wそれで言ったらクラス皆、デートなんだよ!)
 「この昨日の事って?休み時間に何か言われた?」

サ「ううん。けど、音楽の授業の後、大地君が私の事ジーって見てた」

先(音楽?あっ大地讃頌の合唱の時、大地を愛せよ~って急に大声になってたww 確かに思い切ってるよw亭主関白~!はっ、確かに、サチコちゃんへ、じゃなくて、サチコへ、になってる!)
 「サチコちゃん、大地君になんて言おうか。難しいと思うけど、」

サ「愛しますって言うよ」

先生はその日一方通行の道を逆走してしまい切符を切られた。

【8】

全員が「門」をくぐり、そのまま前へ、前へと進まれます。
門は赤い鳥居だったりローマ調の石柱だったりと、形も大きさも実に様々です。
ただ、門をくぐるとすぐまた別の門があるのですが、
一度進むと入ってきた門をくぐって、皆さん後には戻られません。
門ごしに、辿ってきた路を眺められるだけです。

もっとも、路の周りは壁や柵なんてものはないのですから、
門の脇を通ることは、何ら難しいことではありません。

そうです。
一方向にしか進めないというのは、皆さんの思い込みに過ぎません。
奇特なことに、皆さんはそうした思い込みを名付けて管理されていますね。
いえ、管理されている、としたほうが正確でしょうか。
もっとも例外もございまして、密林の奥地に住まわれてる方々は、そうした観念は見受けられませんが…

そうして最後は、門がなくなり、それに伴って路も途切れてしまうと考えておられます。
それは「 」と呼ばれています。
ですが、それをご説明することはできません。
いえ、正直に申しますとそれが何なのか、私も存じ上げないのです。
私も言葉を用いますゆえ

【9】

12月某日。予報に雪マークが付いた。
「久ちゃん、明日雪ふるかも」
「それが何?」
滋賀県T市は豪雪地帯だから、地元民の久ちゃんは屁とも思わない。「いや、ぼく明日、京都まで現在短歌社賞の受賞パーティーに行く予定やん」
「うん、コート貸してくれゆうから、今日もって来たったで。」
ヨネ婆の食事介助をしつつ久ちゃんが応じる。
「明日電車で行くつもりやから、帰り雪ふられたら停まるかも」
湖西線は雪でなくても比良山から風が吹くだけで停まる。
「明後日アンタ仕事出れんようになったら、うちワンオペ勤務になるやん」
「今から謝っとくわ。サーセン」
「車で行けや」
久ちゃんはエプロンからスマホを抜き、マップを起動させた。そして仕事の合間合間に近江舞子までの行き方を指南してくれた。
「駅前にがら空きのパーキングがあるから。明晩ここまで辿り着けたら大雪でも帰ってこれるやろ?」
「近江舞子まで車で行ったことないんやけど」
「今教えたやろ、道一本しかないから大丈夫や!」

 翌朝。目茶目茶早く出立した。だが案の定道を間違え、一通の道に入ってしまう。久ちゃんにはコートを借りてるしワンオペをさせるわけには行かないので、目を血走らせながら迂回を重ね近江舞子駅まで辿り着いた。そして今年初の雪を振り切りながら、無事に帰宅した。
 ちなみに現在短歌社賞を受賞したのはカナちゃんです。

               おわり

【10】

「やっと…」
「どうやって来たの」
「地下鉄と歩きだよ」
「にしては、遅かったね」
「マンションの一階にデイケアセンターがあって、ちょうど幼児たち10人ぐらいも散歩に出かけるところでよちよち歩いて出て行くのを後ろで辛抱強く待っていたよ。追い越し禁止。10分ぐらい待ったかな」
「地下鉄は混んでいたでしょう」
「全然。マンションから駅までも誰とも擦れ違わなかった。ホームも人っけ無しで、僕が乗った車両も乗客ゼロ」
「今日は祭日でこんなに天気いいのにね」
「だよね。途中の駅で小学生のグループを見かけたけど僕の車両には誰一人乗って来なかくて薄気味悪かった」
「変なの。じゃここまでずっと車中は一人だ」
「ひとりぼっちはまだ続いたよ。降りた駅のホームは僕一人でさ、なんか無人島の駅ホームにたどり着いたような気分で改札口まで急ぎ足で一直線に歩いたよ」
「テロ事件の予告でもあったみたい」
「本当にそんな感じ。地下鉄出口からここまで10分ぐらいだけど、道に人影なし。ここでやっとこっちを向いている君の顔を見てほっとしたよ。アパートを出てからずっと人の顔を見ないのはどこかに一途に引き込まれるようで心細かった」

【11】

「あらァ、元気そうね。きょうは顔色もいいじゃない?」
「こ……こんにちは……こんにちは? こんばんは?」
「あたし、ここのところずぅっと、胃が痛くて仕方がないの。あ、でもお食事は美味しくいただいてますよ。ちょっと食べ過ぎてしまうくらいで。でもほら、あたし、持病があるでしょ。だからちょっと心配で…。今日は先生にしっかり見て頂こうと思って」
「すみません…いま、何時でしょうか」
「あら、あの方が先生だったかしら? それともあの方は看護師さん? どちらでもいいけど、イケメンねえ。あ、あたし、最近、韓国ドラマにハマちゃってて」
「いったい…いまは、“こんにちは”なんですか? “こんばんは”なんでしょうか」
「まぁ、ちょっとあのナース、何? 先生とひそひそ話して、嫌な感じぃ」
「あの……あなたは、どなたですか?」

***

先生、やはり父、相当悪いんでしょうか。ちっとも私の話を聞いていないみたいだし、時間も、私のこともわからないみたいだし…・

***

先生、妻はいったいどうしちゃったんでしょうか。いま昼なのか夜なのかもわかっていないし、自分が私の娘だって思い込んでいるみたいなんですが。

【12】

 かれらは私の言葉が理解できると思っている。事実理解できる。かれらは私のことが理解できると思っている。
 かれらは私には耳がないと思っている。かれらは私がかれらの言葉が聞こえないと思っている。かれらは私がかれらの言葉を理解できないと思っている。かれらは私が彼らのことを理解できないと思っている。事実私には彼らのような耳はない。事実私はかれらのようにはかれらの言葉が聞こえない。
 けれども聞こえる。かれらが私には聞こえないと信じて口にする言葉がすべて聞こえている。理解できている。
 かれらはかれらの信じるとおりに私のことを理解する。私はそれを止めない。
 私はかれらを信じない。かれらの言葉を信じない。かれらは信じるに足る存在ではない。
 今日もかれらは私の前にやってくる。観察のために。私はかれらの言葉をすべて記憶する。私が語るべき相手はかれらではない。観察し記憶したすべてを伝えるのはあの通路の先の扉の外にいるかれらではない別のあの。

【13】

好奇心を抑えられなかった。後ろに誰もいないは確認した。一方通行の矢印があり、ご自由にお使いくださいと懐中電灯が置いてある。ポケットのスマホのマークも確認して一歩を踏み出す。さあ冒険だ。ワクワクしていた。どのくらい歩いたのだろう。早々に懐中電灯は消え、スマホで照らしながら歩く。ワクワクは消え、時々後ろを振り返るが、人の気配はしない。残量が怪しくなりドキドキし始めたころ、遠くに明るいものが見え、思わず速足になる。「着いた」と思い、周りを見渡すと既視感を覚える。そこには矢印があった。何を試されたんだろう。

【14】

○・・・「 一方通行」は、青地に白の矢印の四角い形をした道路標識で、標識のある道路において、矢印が示す方向へしか通行できないことを示します。一方通行規制の目的は「車両の相互通行に伴う複雑、危険な交通状態を単純化して交通容量を増大させ、交通の安全と円滑を図る」ため。「自動車・原付」という補助標識があれば、自転車などの軽車両は適用外です。もちろん、歩行者やその他の生物・無生物も。
○ 基本的にカーナビによる自動運転で問題ありませんが、現地の標識に従うことが優先され、違反には罰則規定も適用されますのでお気をつけください。
○ 以上で、オプションの「ノスタルジック・ジャパン ガソリン車を運転する」の簡単な事前ガイダンスを終わります。21世紀の日本は 当社の「過去の地球へのツアー・シリーズ」の中でも人気のある旅先の一つです。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。

【15】

 メディアについて方向性の要素が語られるようになって久しい。新聞、テレビ、雑誌などのメディアは一方通行で、ソーシャル・サービス・ネットワークやインターネット掲示板などのメディアは双方通行だということだ。
 いかなるメディアにも編集部がある。従来型のマスメディアはもとより、媒介そのものが編集部なのだ。となれば、双方向性のメディアにだって権力的契機がひそんでいる。「バン」されることは神の声ではないよね。
 権力的契機を忌避するのであれば、近寄らなければよい。ぶふい、新聞・雑誌なくても、ネットサーフィンなくても、人生に支障を来たすほどではない。あっは、俗世を離れて清談を楽しむのもありだ。
 権力的契機を無化するためのもうひとつの方法は、速度だ。情報の組み換えに速度を与えて、媒介にひそむ権力をオーバーヒートさせよう。情報が主語となることでコレクティブ・ブレインという乗り物も浮上する。
 電脳空間の大惨寺はふたつある。とりいそぎ名前はどうでもいい。お題含めてそこかしこにも対比がひそんでいる。気分次第であちこち飛び回ればいい。ふたつの焦点を抱えてびゅんびゅん速度をつけて、ぽーんと空じてみせるのだ。ぽんぽーんと。

【16】

「私、どうしても納得がいかないのよね」
ペットボトルの中身を飲み下しながら妹が言う。血糖値を下げると話題の、濃くて苦いお茶だ。妹はまだ15歳だ
というのに、健康にひどく気を遣っている。
「何が?」
「これよ。このリサイクルマーク。矢印が環状に巡って三角形を形成しているでしょう。だけど、いったん使われ、集められ、溶かされて再形成されたペットボトルが、果たしてもとのペットボトルと同じものだといえるかしら? あまつさえ中央に2だの3だのと回数まで入れて
まったく馬鹿げているわ」
「ただの記号だろ。いちいち気にすんなよ」
「お兄ちゃんったら。そんなことだから一旦停止の標識を見落として切符切られたりするのよ。記号の乱れが概念の乱れにつながり、結局こうして人はダメになってしまうものよ」
「じゃあどうするんだよ。リサイクルマークを伸ばして
一直線にするわけ?」
「もちろんそうしないと。それで私、試算してみたの。今までに偽証されたリサイクルマークを伸ばして、全部繋げていくとどうなるのか。なんと地球を三回まわったあげくに、太陽系を抜け、さんかく座銀河に到達することがわかった」
「本当かよ」

【17】

 緑色の屋根の家に彼女は住んでいる。もう近くまで来ているはずだ。僕は水色のMINIを走らせる。
 坂を下ると視線の先に緑の屋根が見えてきた。次の交差点を越えた先だ。交差点には信号がなかった。直進は進入禁止。一方通行のようだ。しかたなく左折し、次の角を右折する。右手に彼女の家が見えてきたが、右折できる道がない。もう少し進もう。
 次の交差点は右折禁止、次の次の交差点でやっと右折できた。今度の角を右折すれば緑の屋根の方向だ。よし右に曲がれた。さっきの一方通行の道を逆に進む。もうすぐ着くと思うと胸が高鳴る。
 緑の屋根が視界の大半を占めてきた。ここで右折だ、と思ったのもつかの間、MINIも入らない道幅だった。しかたない。駐車禁止の路上にMINIを乗り捨て、入口めざして走る。もし二度と出てこられなくても、レッカー移動されたとしても今の僕にはどうでもよいことだ。

【18】

20年ほど前になるが、夫とスイス・オーストリアを旅行したことがあった。
チューリッヒで地図屋さんをみつけ、道路マップを手に入れる。これが、これからの旅行の大事なアイテム。さすが、ヨーロッパの地図屋さん。ヨーロッパだけでなく、アフリカの地図が、かなりの量で揃っている。
足はレンタカー。マニュアル車なので、クラッチが硬いとか、クラッチの位置がブレーキにくっつきすぎとか、借りた車になじむまで、かなり緊張した風な夫と、地図をあらかじめ見ておかなかった私で、ああじゃないこうじゃないと、暫らく苦戦のすえ、地図の見方にも慣れてきた。高速の出口番号は、通し番号のものと、基点からのキロ数で表すものとがあること、出口の言葉を覚え、郊外の交差点がロータリーなのにも慣れ、いさかいも少なくなった。
サウンドオブミュージックの舞台となったザルツブルクに着く。が、この日の予定は、コンサート。会場は祝祭劇場。地図を頼りに会場を探す。
運転していて、狭い街の中、通りの名前を読み取るのに必死。
最初の頃、この通りは“Einbahn”と、連呼していた。地図で探しても見つからない、
よく考えたら「一方通行」じゃない!
標識よく見ろよ、と笑われた。

【19】

 く。また矢印だ。右。左。右。左。右。右。左。なんてことだ。最初に戻ってしまった。こちらの道は。いかん。矢印。どこまでも矢印。あ、ここを抜ければ向こうの大通りに。な。矢印だと。矢印だと。ここさえ通れれば。あっ。いつの間にパトカーが付いてきているではないか。逆走しようものなら。くそう。また矢印。左。右。左。左。右。いつまで続くんだ。そうか、パトカーの警官に道を聞けばよいのだ。もし……うわ。警官じゃないっ。鬼、悪魔、人魂、魑魅魍魎がうじゃうじゃ乗っているではないか。誰か。……嗚呼。嗚呼。そうだった。思い出した。俺は逆走した挙句トラックとぶつかって。そうだ。もう現世に戻る矢印は無いのだ。チキショウ。待てよ。俺はどうやら死んだんだよな。この道を矢印通りに進んでも、待っているのは……地獄?くそ。そんなの嫌だ。逆走だ。逆走するんだ。ルールなど知るか。急げ。戻れ。パトカーなど突っ切ってやる。みろ、通り抜けた。あ。あの道だ。大通りへの抜け道。矢印が増えて大きくなっていやがる。むこうの交番に天使。知るか。突っ込め!!……

……酷い激痛と朦朧とした意識の中、俺は、ルールを破って正解だったことを知った。

【20】

 彼からの電話がかかってきた。感情たっぷりに、想いを伝えてくる。彼は切々と熱く訴える。声がどんどん大きくなってきている気もする。受話器を少し、耳から離す。
 私は愛されているのだろうか。こんなにも毎日たくさんの電話が掛かってくるなんて。私の前にも同じ経験をした者がいたと聞いている。彼女たちはいつの間にかいなくなっていた。こわれていった人もいると聞いている。
 次の日も、また次の日も電話が鳴り、ふと気づく。彼は私と双方向のやり取りなど望んでいない。一方通行の言葉が私を通りすぎる。私も、彼を見るのではなく、彼と同じ方向を見て、「はい、ええ、そうですね、そうですか」を繰り返す。
 明日から、私が受けていた電話を担当するのはAIとなる。壊れて逝ってしまう前に、私は請われて新天地へと行く。
 さらば、お客様相談センター!

【21】

 小学校夏休みのプール開放日。二十数名の児童達がプールで遊んでいるところへ保護監視役の教師が声をかけた。
 「おーい、みんな右周りにプールを歩いてみろ」
 (先生、何をいっているんだろ)笑いさざめきながら、ちょっとした冒険心で、子ども達は右回りにプールを歩き始めた。
 水は思っている以上に重く、前傾姿勢で右、左とゆっくり進む。
 程なくすると流れができ、水が軽くなってきた。なあるほど、先生が目論んでいたのは、この変化か。
 増して来たスピード。歓声を上げる子ども達に教師がまた告げた。
 「今度は、反対周りしてみろー」
 全員が方向をぐるりと変え、後ろを向くと、途端に水が子どもたちの方へ逆流してきて、立っているのがやっとの力がかかった。驚きと喜びの交じった声を上げる子ども達。身体を浮かせ、流れに乗って遊び始めた子もいる。
 どんなことも生きる歩みのメタファーに思えるのは、感傷的な年齢のせいか。少し立ち止まろうとしても、これまでの勢いがついていて、立っていられない。思い切って振り返ってみるが、予想外の力に押し戻される。
 プールと違うのは、こちらの歩みは螺旋状らしいということ。景色は同じようでいて、着実に登っている、ようだ。

【22】

 ふいに後ろから体当たりされ、俺は勢いよく前に飛び出す。
いきなりカーブに直撃、遠心力に身を任せて道なりに沿って進む。
勢いに気持ちがついていかずくらっとした途端、目の前には細く高い柱。
「イテッ!」なんだよ、と思って避けて通ろうとするとまた柱。
足元が覚束ないからか、またぶつかる。
進んでも、進んでも、柱が肩にぶつかって痛い。

 ようやく広場に出たと思ったら、目の前には三角形のゲート。
吸い込まれるように直進すると、誰かが奥からゲートの扉を強く押した。
「あぶねーじゃねーか!」
俺の怒鳴り声が奴に届く間もなく俺はまた吹き飛ばされる。
さっきの柱の林を脇目に、今度は糸車のような支柱に当たって、俺はまたよろける。
もはや自分で自分の向かう方向をコントールすることは不可能だ。
諦めかけた俺の目の前には、それを見透かしたような大きな穴。
「ああ、これで楽になれる…」
そう思い、何の抵抗もなく穴に落ちる。

 恐る恐る目を開けると、なんてことのない、腰までの浅い穴。
助かった。
赤く塗られた壁には「10」の文字が見える。
「やった、10点に入ったよ!」
甲高い子供の声を聞きながら、俺は眠りについた。

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