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書物の帝国(購書日記2020.11.27)

購入

・水谷哲也『新型コロナ超入門』(化学同人)

読了

・樋口恭介『構造素子』(ハヤカワ文庫JA)

第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。現実とヴァーチャルな数理的な構造を持つ位相空間を登場人物の関係によって読み解かせる緻密な論理によって構成されたメタSF。物語は、位相空間として定義されたL-P/V空間の次元を読み解きながら、並行世界的な箱庭宇宙を放浪する。様々な古今東西のSFを物語の各所で引用しているあたりに、著者のSFへの愛を感じてほっこりした。物語中、登場人物の対応関係を確認するために何度も反復しながら、読み解いていくのはある種数学的なロジックを味わっているような感覚。この辺りは、早瀬耕の『グリフォンズ・ガーデン』(ハヤカワ文庫JA)のように「わたしにとってあなたは無限」と同様に、登場人物の人生の分岐に込められた無限の旅を楽しめる重厚な物語でした。

各小節は、物語の構造を示しており、「構造素子」と呼ばれる。我々もまたテキストを読むものとして、「構造素子」の要素の一つである。それぞれの小節は物語を構成し、ある物語にとっては現実と対応する虚像のような鏡世界になっている。各分岐点においては、オートリックス・ポイント・システム(実在するアーティストで、音楽を聴くと面白い。例えばこちら。)という人工意識の振る舞いによって変化してくる。フラクタル的な反復とカオスが交錯するので、物語構造は、線形ではない。その意味で実際の人生のように、「あの時ちょっとしたことで、こういうことになる」という人生の分岐が意識の揺らぎによって「あり得る世界」という形で分岐していく。ある種、選択肢によって変化するゲームブック的ではある。我々の人生とは、意思決定の結果の選択であり、可能性としてあり得る選択肢の未来からの分岐の物語は、『構造素子』のように物語になることはない。しかし小説では並行世界という形で、記述することができ、我々はそれを解釈してエドガーたちの物語を俯瞰することができる。なので、ゲームの木の意思決定のノードを観察して、部分ゲーム群を俯瞰している感じ(各ゲームは関連している)という。もちろん、後ろ向き推論法で解いていくのが最適なのだが、そうではない帰結も用意されていて、大変に面白い。我々の人生とは、破棄された多くの物語の上に構築されていることを、物語を通じて感じることができる。

巻末には、解説が付せられているので、もしとっつきにくいと思った人は物語のマクロ的な構成を読むといかもしれない。レムのように哲学的であり、思弁的なSFであり、イーガンが好きな人には強くお勧めできそうだ。

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