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梅津庸一展「ポリネーター」展評 〜ZIMAのロゴが改訂された2021年に〜

 現在、梅津庸一さんの作品や活動に注目する人々の多くは「パープルーム」以降の活動を受けてのものだろう。「パープルーム」の活動は、梅津さん個人の表現と比べて、実はとてもわかりやすい。「美術教育」「受験制度」「芸大」「コレクティヴ(芸術家集団)」など、はっきりとした「敵」が存在するからだ。明確に「現状への不満」と「クリアすべき問題」が指し示されているから、オーディエンスは追いやすいし、その行動に乗りやすい。それと比べると、梅津庸一展「ポリネーター」(ワタリウム美術館)は「パープルーム」のように目的が明示された展示ではない。


Podcast「聴く!電子と暮らし #6 国策と個。パープルーム校歌配信記念!梅津庸一「ポリネーター」展


 僕が、梅津庸一さんと初めて接点を持ったのは、「パープルーム」よりも少し昔のこと。梅津さんキュレーションによる「ZAIMIZAMZIMA」(2009)というグループ展への参加がきっかけだった。財務省に関連する美術施設「ZAIM」に有名美術作家と、美術史的に厳密には真っ当ではない人(僕もその一人)を同時に集め、寝泊りをしながら制作。実際に展示会場では果実酒ベースのリキュール「ZIMA」が振る舞われた。ヴィジュアル系バンド「SHAZNA」のメンバーIZAMにちなんだ展示もあった。混沌としたこの展示に関する具体的な記録は、河出書房新社のサイトに今も残る「せかまほBLOG」が唯一だろう。


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「ZAIMIZAMZIMA」記録資料 梅津庸一提供


 この展示に梅津さんが僕を誘ったのは、『美術手帖』2005年6月号特集「物語る絵画」のインタビュー(聞き手・土屋誠一さん)がきっかけらしい。後に聞いたところ、梅津さんはこの特集号を注意深く読んでいたそう。この頃の僕、西島は、単行本『凹村戦争』でデビューした翌年、『世界の終わりの魔法使い』の一冊目を刊行したばかり。長いインタビューを要約すると、「僕の作品にはSF、エヴァ、岡崎京子など、オタク的で露骨な引用が多いけど、それは必ずしも読者に理解されるものではないし、そんな”オタク的教養”なんてわかってもらえないことを承知で、でも僕は自分がその影響下にあることに自覚的であるだけ。時代が進むごとに、誰もがその厳密さを忘れていく。別にそれでいい(仕方ない)と思う」というような内容。現状を諦めているのか、肯定しているのか、怒っているのか、我ながら伝わりにくいスタンスだなと再読して思う。


201912_土曜日の実験室_本文見開き

土曜日の実験室+ 詩と批評とあと何か(ちくま文庫)より


 ここで僕が語る「オタク的教養」と、梅津さんが語る「美術教育」「近代」「受験絵画」などの言葉を入れ替えてみれば、スッキリする。問題意識の持ち方が似ている。梅津さんは時に「受験絵画」を痛烈に批判するけれど、同時に「仕方ない」とも感じ、それをテーマに展示を開いて「でも好き」「良さもある」という態度すら示す。体制へのアンチだけなら、数字で勝敗のつくスポーツや選挙同様に共有されやすく、結果オーディエンスを巻き込める。わかりやすい。しかし梅津さんの言説や表現は、好きとも嫌いとも、愛とも憎しみとも言いがたく、不思議だ。「ZAIMIZAMZIMA」展についても同様だろう。10年前の僕は戸惑っていた。でも、今、おぼろげな記憶と資料写真からわかるのは、実はこれが明らかに「パープルーム」の青写真だったことだ。美術のプロと素人を集め、権威的な場で全く権威的でない行いをし、制作期間と展示期間に作家が寝泊りする。これは梅津さんの現在の活動と大きく変わらない。

 梅津さんと僕、きっと周りからは相性がいいのではと思われているだろう。実際、すごく気が合うし、遠く離れて暮らしていてもなぜか親密さを感じる。思いつきで相模原にお邪魔することもあるし、約束もないのに偶然ばったり出会うこともある。お互いヴィジュアル系が好きだったり、実験的に「学校(予備校)」を運営してみたり、共通点もある。「パープルーム」以降に再会してからも、企画展「パープルーム大学 尖端から末端のファンタジア」(2017)、「パープルーム大学付属ミュージアムのヘルスケア」(2018)に参加したり、「パープルーム」所属作家アランさんと一緒にボードゲーム『影の魔法と魔物たち』(2020)を開発したり、その時々に交流がある。でも、僕の好きなヴィジュアル系と梅津さんが好きなヴィジュアル系は、実は世代も音も全然違う。接点はあっても、狭義な職業は、「画家」と「漫画家」だから違う。わからないこともある。


《パープルーム校歌(Parplume Song)》 2017

《ここで逢えたら〜常陸太田市郷土資料館館歌》 2018

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《ボードゲーム「影の魔法と魔物たち」》 2020 盤面デザイン

《ボードゲーム「影の魔法と魔物たち」》 2020 プレイ動画


 「パープルーム」の活動は、梅津さん理解のための補助線となる。実際「パープルーム」を経由し、現在の視点から眺めることで、僕はようやく、10年以上前の「ZAIMIZAMZIMA」のことを少しずつ理解し始めている。介護スタッフの経験から梅津さんが導き出した「美術作品=ケアが必要でお金がかかり壊れやすいもの=介護」という例えも、言われた当時はピンとこなかったけれど、少し時間をおき、認知症の進む義父の介護に直面している現在では、強い実感をもって理解できるようになった。美術業界の権威や教育制度に怒る態度に共感はできなかったけど、大手出版社から権利を取り戻し「セルフ・パブリッシング」を行う最近の僕は、その不満についても共有できるようになった。2009年の展示の時、梅津さんからの唯一の指令は「この展示について(マンガ読者に向けた)宣伝をしないでほしい」だった。その意味も、今ならわかる。

 例えばベトナム戦争やCOVID-19。戦争や厄災という「歴史」が正しく語られるまでには、それなりに時間がかかる。それは報道の即時性の罪ではなく、芸術であれマンガであれ「作品」の使命だと思う。「ZAIMIZAMZIMA」同様に、梅津庸一展「ポリネーター」は、やはり長い時間をかけないと理解しづらい展示と言えるだろう。飾りやすく保管しやすい絵画作品よりも、置く場所や管理に困りそうで、やや唐突と思える陶芸作品の方が圧倒的に点数が多い。民芸の歴史を参照し、作品の居場所を説明するような、理解を促す詳しい解説が添えられているわけでもない。キャッチーで忘れがたい「花粉濾し器」は間違いなくこの展示のアイコンだと思うけれど、せっかく飛んでいる「アートの花粉」を選別する機械なのか、増幅する装置なのかわからない。そもそも機械なのか植物なのか、全くわからない。曲がっていたりくたびれたり、明らかに男根を思わせるヤシの木の陶芸も、味わい深い一方、それ以上の情報は探りにくい。瞬間で「わかる」ことや「流行る」「バズる」ことを拒んでいるようにも感じる。


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梅津庸一展「ポリネーター」フライヤー

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インスタレーションビュー1(奥にZIMAの陶板)
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「ポリネーター」展示風景 Photo by Fuyumi Murata

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《パームツリー》 2021 陶 H55×W 23×D22cm 撮影:今村裕司

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《花粉濾し器》 2021 陶 H50×W 33.5×D19cm 撮影:今村裕司


 同時に、来場した観客を納得させるだけの点数と熱量は確実にそこにある。一見ゆるゆるでリラックスしているのに、ピンと気合いはみなぎっている。作家は作品の中で文字通り裸にもなっているし、意気込みを強く感じる。使われた粘土の総量を想像すると途方もないけれど、使用された粘土の総量の数値化すらしない。「パープルーム」との関係や、梅津さん個人のキャリアすら、詳細な解説が見当たらない。しかし、そうすることで、「行列に並んで行列を作る」「流行っているから行く」そんなインフルエンサー的、バズ的な反応を「濾し器」が濾しているのだと思う。でも、本来個展とは、個人の芸術表現とは、そういうものなのではないだろうか。


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《pollen》 2021 陶板 60.0×90.0㎝ 撮影:今村裕司


 何気なく床に置かれた展示作品の一つ、その隅に、スプレーで描いたような文字の跡があって、よく見るとそれは「ZIMA」のロゴだった。2021年の今、美術館でそれを気にするのは僕だけ? ちなみにお馴染みの「ZIMA」のロゴは今年7月リニューアルされたらしい。やはり、この「ポリネーター」は10年以上前、「ZAIMIZAMZIMA」の頃から始まっているし、「パープルーム」の活動を挟み連動しながら、すべては繋がっているのだなと実感した。もしかしたらこの個展を真に理解するには、やはりこの先10年くらいの時間が必要なのかもしれない。そう考えると、「ポリネーター」はこの先の未来の展示でもあるだろう。途方もない時間をかけてその作家を理解すること、考えること、それこそが、思考なしに最速で消費できるブロックバスター展が溢れ、Instagram以上のギャラリーを誰も見つけられないこの世界に抗う、観客にできる唯一の試みであり、何者にも頼らない「個展」の使命だ。「ポリネーター」展は、梅津さんは、それを全うしている稀有な作家だと思う。


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《pollen》 2021 陶板 部分


(西島大介・漫画家、2004年『凹村戦争』でデビュー、2020年個人電子出版レーベル「島島」を運営し全著作の電子化とIP運用をせっせと行う。マンガと並行する美術活動において、パープルームと交錯。最新刊は『世界の終わりの魔法使い 完全版 5 巨神と星への旅』駒草出版刊)

【追記】12.23(木)トークイベントが決定しました

【追記2】2.18上記のトークイベントが「ArtSticker」で公開されました。閲覧にはチケット購入が必要です

梅津庸一展 ポリネーター
会期:2021年9月16日(木) ー 2022年1月16(日)
主催/会場:ワタリウム美術館
http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202109/

レビューとレポート第29号(2021年10月)





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