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[公開日映画レビュー]『ダンケルク』は大英帝国の恥か誇りか。

1940年5月10日に組閣の大命を拝したウィンストン・チャーチルが最初に手がけた大規模な作戦が“Operation Dynamo”『ダンケルクの大撤退』と呼ばれる今回の題材となった史実です。

数々の議論を巻き起こした『インターステラー』の次にクリストファー・ノーランが『ダンケルクの大撤退』を描いた作品がこの『ダンケルク』。

近年、戦争をテーマにした作品は『プライベート・ライアン』など“個人”にスポットを当てる傾向がありますが、本作品もやはり、終始ほぼドイツ兵も登場せず、敗残兵と言って良い陸軍二等兵トニーの視点を軸に同じ時間軸で空軍のファリア、“Operation Dynamo”に参加する小型船のドーソン、そんな彼らの周囲で起こる出来事や主にこの状況に陥った(臨む)英国人のメンタルを描きます。

登場人物の皆に共通しているのは「一刻も早く祖国の土を踏みたい」と言うことで、トニーは負傷兵を利用し帰還船に乗り込もうとしたり、埠頭に潜むなど、可能な限りの手立てを試みます。そしてやっと乗り込んだ船もドイツのUボートに狙われ沈没してしまいます。

ダンケルクではフランス人兵も留まっており、英国は英国人を乗船の優先にさせる事から諍いも起こります。もちろんこの砂浜では常にドイツ空軍機が上空から偵察。時折空爆を仕掛けてきます。

空軍の活躍だけはネタバレになるので書きませんが、作品の最後に起こる事象の伏線を担います。

ともかくこの映画が始まると、観客はどんより曇った空の下で40万人が延々と乗船を待つ光景に放り込まれます。そして常に空腹で喉が渇き、思考は動物のように本能的にならざるを得ない──という兵士達の苦痛を共有します。

英国からダンケルクまでは約50km。直線距離ですと34kmであるカレーの方が近いのですが、この50kmという距離も微妙。東京から茅ヶ崎ぐらいの距離です。

ドーバー海峡を挟んで慥かに祖国は在るのに、遠いようで近い。近いようで遠い。

本当に「ダンケルクの砂浜に足止めを食った40万人の救出劇」だけを描いた作品にも関わらず、どうにもどの出演者も他人とは思えません。ギリギリのプライドを保ちながらも、結局は濡れ鼠のように敗退せざるを得ない英国人の心情──

──そもそもネヴィル・チェンバレン首相はヒトラーの本質を掴みあぐねており、なるべく戦争回避をしようと動きますが、絶対的な武力を誇るナチス・ドイツは約束を守る必要性を全く感じていませんでした。

そのためにチェンバレンは振り回され、結局国民の信頼を失い失脚するのですが、首相の座を次に得たチャーチルは戦争が大好き。ヒトラーの本質を誰よりも先に掴んでいました。

しかもその視点も現実的で、今では「チャーチルによる陰謀説」さえある“Attack on Pearl Harbor”により米国を戦争に引きづりだし、さらに根っからの反ボルシェヴィズムであるにも関わらず「ヒトラーが地獄に進軍したら私は悪魔と手を結ぶだろう」と名言を残し、スターリン率いるソヴィエトともに3国同盟を結び、事実上この戦争に決着を付けました。

『ダンケルク』はこの2人の首相を跨いだ時期の物語です。

こう考えると『ダンケルクの大撤退』こそ、この後の“Battle of Britain”へ繋がる、まさに反転攻勢へ向かう、ジョンブル魂に火を点けるための「地固め」の重要なファクタではなかったでしょうか。

チャーチルオタクである私には「マスト」でしたが、個人視点で観る戦争映画は今の時代こそ、そして外交安全保障をよく理解出来ていない日本人こそ観るべき映画と感じた次第です。





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