インターンシップで爆睡

留学をしたら、インターンシップで爆睡した。
留学前、私はいくつかの企業の夏インターンシップに参加していた。その中でも八月から九月の初めにかけて参加した大手広告代理店のインターンシップは5daysと銘打ちつつも時間外にかなりの頭脳と体力を消費する充実した内容であり、最終プレゼンを渡航三日目に控えた私は経由地のカナダ・バンクーバー空港でslackを開きながらメンバーたちと意見交換をしていた。
なぜ、アメリカ留学記が日本のインターンシップのエピソードから始まるのか。わからない。書きたいから書くのだ。
搭乗口近くのソファに腰かけて組んだ膝のうえにパソコンを置き、いかにも仕事してる風な恰好をしながら、私は「その案すごくいいね!」「その方向性でいったら面白そう!」等ポジティブなだけで特に役に立たない文字列を垂れ流しつづけていた。
もうすぐ五時半、あともう少しで搭乗が始まる。

ああ、乗り込む前にもう一度Sherryにお礼を言わなきゃな…。

Sherryは、私が大学二年生のころ、バンクーバーに一か月間の語学留学をした際にお世話になったホストマザーだ。今回はバンクーバーが経由地ということで、Sherryご家族のおうちに数時間だけ滞在させてもらっていた。当日は空港まで迎えに来ていただき、豪邸(豪邸としかいいようがない。なぜならゲートから玄関までに長いスロープがあり、室内にはグランドピアノとシアタアール―ム、ライトアップ付プール、ボートを完備しているのだ)ではGood luck! Ririko and Ameia(次女アメイアはニューヨークの芸術大学でダンスを専攻している。ちなみに長女はイギリスの大学の医学部に所属している。才能と富にあふれたご家庭に滞在した短い夏の思い出が、小さくてつつましやかな幸福、という私の価値観を打ち砕く。)と書かれたチョコレートののったケーキをごちそうになった。感謝してもしきれない。
「自分の目標にむかって、いつも最短距離でたどり着こうとする必要はないんだ。遠回りをして得られる喜びが必ずあるよ。」というホストファザーGregの言葉は、私が人生の大きな選択をする際の重要な指針となっている。しかし、この夏インターンで大手広告代理店に就職し年収一千万稼いだら私も豪邸にグランドピアノとシアタールーム、ライトアップ付プール、ボート完備の成功ルートに最短距離でたどり着けるのでは?というドデカ邪念が、キラキラした夏の思い出をどんどん希薄にしていく。

邪念に飲み込まれる私を乗せた飛行機は空の青さを切り裂くようにして海を渡り、アメリカ・ボストン空港に上陸した。
私は空港に到着した後荷物を受け取り、宿泊先に向かうための個人タクシーを待つ間に食べたプロテインクッキーの美味しさに感動したが、その後三カ月ほどしてもう一度食べてみたら存在の味が強すぎて食べきれないほどだったので、この時はアメリカに足を踏み入れた興奮と疲れで味覚がおかしくなっていたと言える。
このあと私は今後二日間の宿、ボストンのMt.Ida Campusに到着し、常に先頭を歩きながら同行者を道に迷わせるミャンマー人のLilian、日本人っぽいパンクロックカジュアルに憧れて髭を伸ばしている韓国人Joon、本名が呼びづらいからという理由でPSHと呼ばれているミャンマー人のPhusinの三人の友達ができ、留学生活の滑り出しは好調。
睡眠時間をのぞいては。
そう、私はまだインターンシップの最終プレゼンの準備を進めており、そのためのミーティングは一日に四時間、長いときは休憩をはさんで六時間ほどであった。日本時間である。つまり私は、アメリカ時間の日中は留学先のプログラムに参加し、夜から夜明けまでは日本時間のミーティングに参加していた。睡眠不足で頭が回らない私は、バグった生成系AIみたいに議論をかき乱し続けた。あの時のみんな、本当にごめん。優秀なみんなが自分の才能を最大化できる企業に就職できることを祈っています。実際、チームメンバーたちはみな本当に優秀で、プレゼン発表当日までになんとか30ページ以上を超えるプレゼン資料を完成することができた。
そしてプレゼン本番。この時点で、私は限界に達していたと言っていい。この日は宿泊していたMt.Ida Campusから留学先のUMass Amherstまで二時間バスに揺られ、なぜか四つもスーツケースを抱えているLilianのムーブインを手伝うというイベントに遭遇したばかりだったので、とくにエネルギーの消耗が激しかった。しかし待ちに待ったプレゼン本番。ここで良い結果が残せれば早期選考で面接官に一目置いてもらえる可能性が高くなる。プレゼンターではない私も、ぐっと体に力が入る。
最終日のインターンシップ、人事部の方の挨拶とともに、プレゼン発表が始まる。他のチームの内容も面白いが、私達のチームは超優秀なメンバーたちが寝る間も惜しんでアイデアを練ったのだ。突飛なアイデアをデータと確かな論理性で実現可能な企画に落とし込んだこの数日間の結晶。プレゼンターの子が流暢なあいさつで発表を終え、すべてのチームの発表が終わる。想定外の質問を受けることもなく、ほっと全身の力を抜くと「それではここから十五分間の休憩に入ります。この後はスター社員の経験談のあとに、結果発表があります。」とアナウンスが入った。せっかくだから仮眠をとろうと、カメラをミュートして、机の上にうつぶせになる。

目が覚めると、私達のチームが優勝していた。
死刑宣告と宝くじの当選が同時に来たような文章で申し訳ない。
目が覚めると、私たちのチームが優勝していた。
つまり私は、スター社員の経験談の時間も、二位までの結果発表の時間も、ずっと寝ていたのだ。私のカメラだけが真っ暗、私のお先も真っ暗。
審査員の方の講評が終わり、ブレークアウトルームに分かれてチームメンバー同士、お互いを称えあう。
「やったね!」「優勝!」「やったね!」「いや俺はいけると思ってたけどね」「てかプレゼンめっちゃよかった!」「正直私もいけると思ってた笑」
私達最高~!の雰囲気の中、私は心苦しさで「ところで、」と切り出す。
「私、実は結果発表の直前まで…寝てたんだよね」
「え?」
「ほら、画面オフにした後ちょっと仮眠とろうとしたらさ…起きたら優勝してた」
「ああ、まあ…大丈夫だよ」
言葉を濁しながら根拠のない大丈夫を繰り返すメンバーたち。ラブ。
「優勝したチームのメンバーは全員内定もらえるって先輩言ってたし」

成功への最短ルート、搭乗!?
私全然貢献出来なかったけどていうかインターンシップ中に爆睡したけど!?内定!?ライトアップ付プール購入!?
予想外の言葉に舞い上がった私は、インターンシップから解放された喜びとともに渡米してから初めて泥のように眠り、同日の海外学生用オリエンテーションに遅刻、その後の早期選考にスッキリ落ちた。
こうして、私の留学が始まったのである。

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