気づけば歩いていた。

多分もう何時間か歩いている筈だけど、それは何となしにそういう実感があるというだけでついさっきまでの記憶すらはっきりしないし、そもそもこの地に来た経緯も思い出せない。ただ、自分の意志でここに来たという意識だけは薄っすらだが残っている。

今は夜だ。というより一日中ずっと夜な気がする。昼であった記憶がない。
道は荒野の真っ只中、延々とただただひたすら愚直なまでの直線がストレートに真っ直ぐ続いており大型トラック同士がすれ違うことが可能なくらいの道幅がある。

だが舗装は綺麗なままで轍ひとつ無いところを見ると、車なんて全く通らないんだろう。それでも道の中央を歩くのは何だか心許なくて、やや左に寄って荒野との境目を感じながら進んでいた。

街灯なんてものは全く無いけど、月…とは違う大きな星の明かりが私のいる地上を十分に明るく照らしていたので暗闇に困ることはなかった。その星よりは小さいが比較的近い位置にあるであろう妖しい色の星もいくつか確認できるし小さい星を眺めても私がよく知っている星座は全くみつからない。

つまり、察するにこの地は少なくとも…なんて思って白々しい気分になってその考察を止めた。ここは前から知っている気がするからだ。

それにしても夜だというのに寒くないし、かといって暑くもない。快適とさえいえる。結構歩いてる筈だが、大して疲れていないし、空気もおいしい。なんて都合がいいんでしょうかね。
道の左側の荒野の先には大きな湖があったらいいな。海みたいな湖。
右側には迷宮のような渓谷があって森もある筈だ。面白い鳴き声の鳥がいるかもしれない。

とは言っても今のところやはり荒野しかない。ひたすらに道と荒野だ。
もしかしたらこの荒野はミス・サンドロバーグがその力で全てを吹き飛ばした跡なのかもしれない。
見たこともない星たちはカルミィにその気まぐれで配置を変えられたのかもしれない。

そんなことをあれこれ考えながら大分歩いたところで、道のわきにちょっとしたものが現れた。
自転車とオートバイだ。

何故バイクステーションが?なんて大したことじゃない。この先はどちらかに乗って進むのだ。これは確定事項なのだ。
と自分を納得させた。オートバイに跨ったところで、地面にタイヤ痕があることに気付いた。

それは私の進行方向に対して左側、つまり巨大な湖がある筈の方向に続いていた。もしかしたらと道を横断して反対側の地面を確認すると、やはりこちらにもタイヤ痕があった。もちろんこっちは迷宮の渓谷に向かっていた。

なんだ、自分以外にも誰かがここまで来て、ずっと続くこの道にいいかげん飽きて、きっとある筈の湖や渓谷を探しに行ったんだな。
そう思って、ちょっとニヤついたのだけど、その直後に真顔になった。

このタイヤ痕をつけたのは、もしかして前回の自分ではないのか?

記憶が役に立たないのだから、それは十分ありうる。もし自分だったとしたら、その時の自分はどうなったのだろう。目当てのものは見つかったのだろうか?そう考えだしたら妙に寒気がしだしたので、考えを止めた。

今回は道を進もう。きっと問題ない。オートバイならきっとすぐ着くさ。
燃料切れにならなければ。

綺麗な道をオートバイで走るは何とも気持ちがいい。不快な振動はないし、風も気持ちいい。自転車も悪くはないだろうけど、まあ次回にしよう。どうせまた来るんでしょうからね!

私の体内時計で1時間ほど走っただろうか。流石に退屈になってきたところでそれは見えた。
道の正面にポツリと小さく見えた影は徐々に大きくなり、姿かたちがはっきりしたところで、道は終わった。

それは家だ。小さな丸太小屋だ。

扉に鍵はかかっていない。私はそんなことはわかりきっていったので何の躊躇もなく中に入った。
中には木製の椅子とテーブル、暖炉、その他私に都合のよいものが一通りあった。
暖炉に火をくべて、フライパンで厚めに切ったベーコンを焼いて食べ、コーヒーを淹れた。椅子に座り、窓越しに荒野と星空を眺めた。
そのままゆっくり目を閉じ、体を弛緩させ、何も考えず過ごした。

経過したのが1時間なのか1日なのかわからなくなったところでゆっくり目を開けた。そして机の引き出しを開け、鍵を取り出した。

家の奥の扉の鍵だ。それは外の荒野に出る扉じゃない。入口の扉だ。
この扉の向こう側に行くと、おそらくここでの記憶はなくなる。でも心配はない。それは、良い夢を見て起きたあと、どんな内容だったのか全く思い出せないのになんだか気分だけは良いというのに似ている筈だからだ。

この家は待機所みたいなものなんだろう。
扉の向こうにも何か都合があるんでしょうかね。
もしかしたら定員オーバーで誰かが出いくまで待たされるのかもしれない。
まあ、それはわからないけど、鍵を受け取れれ準備OKということだ。

私は扉を開けこの家をあとにした。

この家の話はこれでおしまいだ。

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