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奥二重コンプレックスが成仏した

私は奥二重だ。それも、ファッション雑誌やメイク本で奥二重として紹介されているような、「それほぼ二重やん!」みたいな二重に近いタイプや、切れ長が印象的なすっきりしたタイプではない。私の奥二重は、まぶたの肉が分厚くて、まつげの根元どころか毛先さえ見えやしないぐらいぼってりしている。

昔からアイメイクには苦労してきた。最初にぶつかった壁がビューラーだ。私が高校生ぐらいで、自分の眠たそうな目を校則にひっかからない範囲でなんとかぱっちりさせたいと使ったのがビューラーだった。しかし、私がビューラーを使うと、途中からバシッと直角に折れ曲がったようなまつげになるうえ、根元がまぶたの肉に隠れて見えないことには変わりがない。それで、ものすごーく不自然になってしまうのだった。

アイシャドウやマスカラを塗っても目を開ければすべて隠れてしまうし、見える部分まで塗ればものすごく濃い印象になってしまう。一瞬で下まぶたについて真っ黒パンダになる。私がアイメイクすればそれはメイクアップしているんじゃなくて、単に黒く汚しているみたいにしかならない。それで、「自分はアイメイクが向いていない特殊な目をしているんだ、あるいは自分はメイクに限って極端に不器用なのだ」と絶望した。以来、20代も、30代のほとんどもアイメイクしないで生きてきた。どんなにメイクを頑張っても、目元はほとんど何も塗らない、素っ気ない、眠たそうな目。ああ、アイメイクできるオンナノヒトっていいな、いかにもオンナノヒトって感じだな、華やかだな、私には手の届かない世界だな、と思っていた。

この絶望の底に風穴があいたのが3年ぐらい前だ。趣味で始めたフラダンスのために舞台化粧をすることになって、「日常のレベルで見たら異常に濃くてもいいからともかくパッチリ目にする化粧」を研究せざるをえなくなった。その研究の過程で、初めて「一重や奥二重の人もまつげを根本から挟めるビューラー」というものに出会った。

初めて目を開けた状態で自分のまつげの根本を見ることができて、嬉しすぎて泣いた。自分のまつげが思うようにならないのは自分のせいじゃなかったのだ。そして、メイク道具も時代によって進歩するのだ。さらにいえば、人には、こんな些細なことで絶望したり救われたりする側面があるのだ。

そして今年。自分が本格的にトラウマから回復してきた感じとともに私は40歳になった。生き延びるだけで必死だった30代を終えた私は、ふと我に返ったら40歳のそこそこ健康なおばさんになっていた。

これからを全力で楽しもうと思った。

30歳になったときの私は、混乱と絶望の底にあった。でもあれから10年、40歳になることは私にとって、「これから死ぬまでに世の中になにを残すか」みたいな立場に立つことを象徴するもので、なんだか武者震いを覚えるような経験だった。

自分がいつまでお姉ちゃんと呼ばれるのかに戦々恐々としていた時期を通り過ぎて、肩が軽くなった。そんな状態で本屋を渉猟してみると、「40代からのメイク」「大人のためのメイク」みたいな、中年以降向けのメイク本が急にたくさん目に飛び込んできた。

目からウロコのことばかりだった。全体として私が学んだのは以下のことだった。

・メイクの大前提として重要なのはツールとその管理(100均のでいいから柄の長いブラシを使う、ブラシやパフを頻繁に洗うなど)
・中年以降のメイクはパーツの強調よりも全体のバランスの美しさを大事にすべき
・メイクの仕上がりは想像をはるかに超えて繊細な要素の組み合わせで決まってくる。全体の印象のアップには色よりも質感に敏感になることが重要
・色ごとに、また色味ごとに、それぞれ違った役割がある。たとえばベージュとオレンジとブラウンはそれぞれ違うし、鮮やかなピンクとくすんだピンク、濃いピンクと薄いピンクもまったく違う

上記のメイク本のセオリーを自分なりに消化してメイクしてみて、仕上がりに驚いた。これまでとはまったく違う印象の、上品で清潔で整った40歳のマダムがそこにいた。「まあ頑張ったし、これでいいのかな?」ではない、「そうだ、私がメイクに求めていたのはこういうことだ!」「世のきれいで垢抜けたオンナノヒトたちはこういうことを楽しんできたのか!」という仕上がり。

自分の顔の骨格を理解し、色味と質感を使い分けて丁寧にさりげなく陰影を作り込めば、濃いアイラインもアイシャドウもなしに素敵な目元を作れることがわかって、私の奥二重コンプレックスが雲散霧消してしまった。今ごろ私の奥二重コンプレックスは、お浄土で瑠璃色の池を眺めて憩っているだろう。

コントゥアに命をかけなくても自然に小顔になるというか、アゴがどうだとかがスッと気にならなくなるような、立体感と美人感のある顔になる。メイクアイテムのちょっとした色や質感の違いが大事だと知ったからか、突然、いままでただの一度も上手に隠せたことのなかったシミもきれいに隠せるようになった。オレンジで隠せるシミ、ベージュで隠せるシミ、オレンジとベージュのミックスで隠せるシミは違うのだ。

私はついにオンナノヒトになれた。自分には一生なれないと思っていたオンナノヒトに。たどり着くタイミングは少し遅かったかもしれないが、そのぶんこれから精一杯オンナノヒトを堪能しようと思う。



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