長編恋愛小説【東京days】4

この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。

数日後、奈美がやって来た。
はい、と言って僕にレポート用紙を数枚差し出した。


『書いてきたから読み終えたら感想を聞かせてほしいの』
『時間を少しくれないか?』
『うん』

僕たちの関係がジェットコースター並みの速さで、この先をどんどん加速していく。


僕は奈美のことを何一つ知らない。
それともう一つ後々に判明するのだが、僕を新進気鋭の作家だと思い込んでいたらしい。

実際の僕は東京に暮らしてから仕事三昧の日々だった。
いわば東京にただ働きに来ただけの日々を送っていた。


書く時間を捻出し、一日三時間足らずの睡眠で何とか辛うじて創作と向き合っていた。

喧騒が脳内に絶えず付きまとい、頭の中でうねりをあげる。
奈美の存在が、僕の中で次第に膨張してゆく。


数日が経過した。
僕は奈美に電話をかけてみることにした。

『もしもし』
実際に会って交わす声と電話越しで話す奈美の声は同一人物とは思えない発声音で微妙に擦れが生じている。


電話での受け答えは、十歳ほど大人の印象があり、面と向かって接する奈美は幼さを感じる。
『良かったらだけど今からでもカラオケに行かない?』
『うん。行きたい』

僕は初めてデートに誘った。


北区の住まいまで来てもらうことになり、僕は待ち合わせ時間より一時間も早く、駅のホームで奈美を待っていた。


やがて改札口を通り抜け、奈美の姿が視界に入る。


『ずいぶん、待ったの?』
『いや、僕も着いたばかりだよ』と嘘をつく。手に握りしめていた缶コーヒーを手渡す。
『ありがとう』
『いいんだよ。わざわざ急にも関わらず来てもらったしね』

奈美と地上へと繋がる階段を上がっていく。青空が視界に雄大に広がってくる。


『私、ここに来るのは初めてだよ』
『東京生活は長かったよね』
『うん、もう五年目に入るよ』

僕は交差点で信号が青に変わるのを確認してから、『あのビルの三階にカラオケ店があるよ』と指を指した。


上空を見上げ、奈美はすれ違っていく人たちを無視するかのように指先が示す方向をじっと見ていた。


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