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一人旅って賑やかだ

深夜に東京を出発し、長野へ向かうことに。夜中のドライブは好きです。運転席でも助手席でも。交通量が少なく、横目に見えるのはトラックばかり。非日常への入り口という感じがして、旅の始まりとしては本当に好き。

今回、恋人が長野市で仕事があるというので、私も便乗して長野まで行き、再び合流するまでの一泊を一人で旅することにしたのです。まずは早朝に長野市で彼を下ろし、運転を代わって私は一人で諏訪へ。夜は松本に泊まるということ、昼前に諏訪のリビルディングセンターに行こうと思っていること以外はノープラン。その場その場で次にどこへ行くか考えながら、ふらふらしようと出発しました。1時間半ほどのドライブを経て、ナビに従っていくと突然、諏訪湖のほとりに。最初の目的地は千人風呂と呼ばれる片倉館。

ヨーロッパ風の大きな建物の前で、気合いが入りすぎて10分前に到着。10時の開店には早すぎたようで、まだ準備中の看板がかかっています。仕方なく噴水の前にある、足元にはライオンがあしらわれたベンチで日向ぼっこして待つことに。天気がよく、まだ朝のひんやりした湖畔の空気も残っている中で、温かい日差し。ぼんやりしていると「あれ、まだ開いてない?」と知り合いかのように声をかけてきた女性がいました。どうやら彼女はここの常連さんのようで、「さ、フダを用意しておこう」と言っています。おそらく入湯料ではなく、回数券か何かがあるのでしょう。「あなた、フダ?おかね?」と聞かれ、来るのが初めてなのでおかね......と答えていたら、ようやく10時ちょうどに開店しました。会話は途中で強制終了。マイペースな人だなぁ(笑)。でもその着飾らなさというか、丁寧なおもてなしじゃないからこそ、諏訪を地元とする人たちの日常生活にお邪魔する気がしてますます楽しみに。そのまま各々、玄関に向かいます。

千人風呂こと片倉館。建物の外観も、中身も、さらにシルクエンペラーと呼ばれた創業者のお話も全て興味深い。

下駄箱に靴を入れ、タオル一枚を買って、いざ女湯へ。更衣室も広々としていて、大浴場に足を踏み入れれば広大な浴槽が目の前に現れます。思った以上に大きく、天井も高い。そこここにローマ風の彫刻もありました。体を洗ってお湯に浸かると、熱すぎずちょうどいい温度。広いだけでなくとにかく深い。そして深い深い床の底には玉砂利。これがまた痛すぎずちょうどいい大きさ、ちょうどいい丸さ。中を歩けば立ったまま肩まで浸かる。腰をかけても肩まで浸かれる。何もかも、とにかく全てがちょうどいい。

あぁなんて最高の朝風呂!と思っていると、続々と常連さんらしき年配の女性たちが集まってきます。「あなた今日は早いじゃない。」「早い方が良いら。土曜日は混むら。」とおそらく方言混じりに日常の会話を交わしている。そんな会話を聞きながら、私は天井近くの丸いステンドグラスに見惚れていました。このままミニサイズにしてイヤリングにしたいほど可愛い。ふと目線を足元に下げると、浴槽の水面にまぁるいステンドグラスが映っている。そして絶えず揺らめいている。さながらダリの『記憶の固執』で描かれていた歪んだ時計のよう。もしかしてダリは水面に映った時計を見ながらあの絵を思いついたんじゃないだろうか?なんて思いを巡らせます。それが正解かどうかなんていうのは大事じゃなくて、いま目の前の景色を眺めながらそんな妄想を広げるのを楽しめたらそれでいい。

妄想しながらのーんびり温まっていると、開館前に話しかけてくれたご婦人が入ってきて、常連さんたちと言葉を交わしたあと、私にもにっこり笑いかけてくれました。お風呂を上がってからも「若いとチャチャっと動けて、お着替えも早いわね!」と満面の笑みで話しかけてくれて、「いやあ、暑くなっちゃって!」と答えたりして。去り際についつい「お先に失礼します、ではまた!」と言ってしまいました。まるでまた明日も来るような口ぶりになってしまった。私も、常連さんの輪にほんのり混ぜてもらえたような温かい気持ちになっていたのかもしれません。この贅沢なお風呂を日常使いできる彼女たちが心底羨ましくなりました。

あとで近くのninjinsanという古道具屋さんで聞いたところによると、立って入るほど深いのは製糸工場の工員さんたちを労りたいけどあんまりゆっくりされちゃうと渋滞しちゃうから、とのこと。たしかに、立って入れば1000人とまでは言わずとも、100人は入れそう。建てられた昭和初期の活気あるこの空間を想像してみたり。いや、今だって当時とは違えど、今だからこその活気があったじゃないか。古い建物が、今も現役で使われていることの醍醐味を味わいました。

私は旅先で「THE観光地」みたいなところへはあまり行きません。でも、観光名所でありながらこうして地元の常連さんたちの生活に溶け込んでいる場所は大好き。そうだ、こういう旅が好きだった!という感覚を、久しぶりに取り戻した気がします。

一風呂浴びて休憩室で涼んでいると、友人でありリビルディングセンターの代表である東野(あずの)さんから「何時ごろに到着になりそう?」と連絡が。車で4分という近さだったのですぐに急いで向かいました。

目を見張るほどの数の古道具にときめきが止まりません。そしてアズさんから聞くレスキュー(リビセンで行っている、解体が決まった建物から、古材や古道具を引き取りに行くこと)の話もすごくいい。私の実家がお寺ということもあり、たとえば一軒だとか一部を解体するだけで大量の木材が出てくるとか、大人数用の揃いの器がたくさんあるとか、とてもとても想像がつく。「これとか栗の木で結構いいやつなんだよね」とアズさんに言われ、たしかに実家の寺の庫裡の玄関が栗の一枚板というのを、建築関係の友人が来るたびに見惚れてくれていたな、と思い出しました。アズさんのパートナーのかなこさんにも久々に会えて、相変わらずほんとに素敵な笑顔、会った瞬間に元気をもらえる空気に、数年ぶりの再会なのにホーム感。facebookで私が最近退職したことなども見てくれていて、何年も会っていない友人と久しぶりに会った時のちょっと最初の照れくささを感じるのが0秒で、短い時間ながらもたっぷり話せた気がします。

打ち合わせがあるという二人に挨拶をして、早速店内をじっくり見ることに。東京で一緒に暮らしている恋人に灰皿をプレゼントしたくてうんうんと悩みながら一つを選び、一緒に晩酌でもできたらなとお猪口をふたつ。それからせっかく長野ということで年季の入った浅間山の写真と詩の入った栞を買いました。あぁほんとに楽しかった。

リビルディングセンター、略して「リビセン」は楽しすぎてはしゃぎすぎて、外観の写真一枚しか残っていませんでした。

近隣のおすすめを聞いたら、すぐ近くにいいパン屋さんとお花屋さんがあると言うので行ってみることに。お昼は蕎麦を食べたいし、旅先だからお花も買えるかどうか......冷やかすだけになってしまうかもしれないけど、それでも行ってみたい! とりあえず、車を出して向かってみました。

まずはお花屋さん、Olde。入ると小さな女の子が見事に似合っている花冠を頭に乗せています。花冠を買えるお花屋さんなんて聞いたことがない!こういう素敵なお花屋さんがあるということで、その街の文化度が上がるってあるんだろうな。そのファミリーのやりとりをにっこりしながら聞きつつ、あぁもうこの近くに住みたい、と思うほどの私のストライクゾーンど真ん中のラインアップ。でも旅先なんだよな。いや、でも宿でペットボトルか何かで水に浸けておけばいけるかな。一泊だしいけるかな。でもせっかくのお花、ダメになったらショックだしな。と一人で悶々と悩み続けてしまいました。

だめだ、答えが出ない。一目惚れした変わった色のガーベラを諦めきれず、正直に「東京から来てて旅先なんですけど......」と店主のお姉さんに相談すると、一泊なら大丈夫だろうとのこと。一度包んでもらっていたら、「あれ!移動って、お車ですよね?忘れてた!こんな時のために!!」とレジの奥に行ってしまいました。何か栄養剤などで長持ちなものでもあるのかな?と思っていたら、お姉さんの手にはコーヒーのテイクアウト用のカップと蓋に、ストローを刺す穴に入ったガーベラが......!天才!花屋の天才がここにいた!あまりに感激してしまいました。ドリンクホルダーにお花を入れて一緒にドライブするなんて、誰が思いついたでしょう。最高。こんな相棒とドライブできる旅なんて、最高。

天才の花屋ことOldeで買ったガーベラ。うっかり翌日、1時間ほど車に置いたらうなだれてしまったのだけど、冷たいお水に浸けて東京の家に飾り直したら完全完璧に復活。

Oldeで買ったガーベラは、まるで助手席で一緒にフロントガラスを眺めているみたい。

よく考えれば、旅先、特に初めて訪れる土地では、いつも以上に人懐っこくなれるというか、いつもよりちょっと図々しく、知らない人に話せている気がします。よく「旅の恥はかき捨て」というけれど、知っている人がほとんどいない街ということもあって普段ならちょっと恥ずかしいかな……と遠慮してしまうことも不思議と一歩が踏み出せる。まだ午前中といえど、朝のお風呂での会話や、お花屋さんとのやりとりを含め、この旅もいい出会いが続きそうだな、なんて予感がしてきました。

嬉しくなってそのまま目の前のパン屋さん、太養パンへ。あんバターサンドでもかじろうかな、くらいのおやつのつもりだったのに、サバサンドと目が合ってしまった。サバサンドって、こんな立派なサバ使っていいの?贅沢が過ぎませんか?というほど正真正銘の、缶詰とかじゃないどっしりしたサバ。挟んだパンももちろん香ばしく美味しい。ドライブがてら片手に食べながら進んでいたのですが、感激。

贅沢サバサンド。

このままこの余韻や諏訪の人のあたたかさにもう少しひたっていたくて、思いつきで霧ヶ峰へ行くことにしてみました。ころぼっくるひゅって、という場所のテラス席がいいと聞いていたので、向かってみました。

到着すると、「特別な絶景」というテラス席が空いてるじゃないですか。シュトレンとコーヒーのセットを注文して待っていたら、「ちょっとサービスで、一枚多めに付けちゃった!」「シュトレン、大盛りね!」とまた本当に長野で出会った人たちの人柄に惚れまくり。まだ滞在時間6時間なのに、一泊もしたらどうなっちゃうの?それくらい、今はとにかく長野に夢中です。(いま冒頭からここまでは霧ヶ峰ころぼっくるひゅってのテラスで絶景を眺めながら、カッコウの鳴き声を聞きながら書いています。霧ヶ峰という名の通り、ほんとに霧が流れてくるじゃないですか。東京じゃ絽のお着物でも暑かったのに、霧ヶ峰の上では厚手のセーターを着ていても寒いです。)

シュトレンの大盛り!

さて霧ヶ峰を出発すると、突然の土砂降り。ワイパーを最大速度で動かしても先が見づらいほどの豪雨。いいタイミングでテラス席を満喫できてラッキーだったな、と思いながら、お土産に買った瓶牛乳を飲んで諏訪へ戻ります。うん、おいしい。飲みかけで持っていたパーキングエリアのコーヒーに、濃厚で美味しい牛乳を足してラテにしても飲んでみました。それから、行ってみたかった古道具のninjinsanと、万治の石仏へ向かいます。

ninjinsanでは徳利か片口がほしいな、なんて思っていたのです。(とにかく家での晩酌を充実させたい。)店内をうろうろ歩いていると、シンプルで真っ白な徳利が3つ。そのうちひとつの値札には「白のかっこよさが、ここにはある 900」と書いてある。安いし、というかコメントがいい。一目惚れして買ってしまいました。レジには私より少し若いくらいのカップルが。色々と知っているキーワードが聴こえてしまい、図々しくも話しかけてしまいました。「この辺でどこかよかったところ、ありました?」と聞かれ、地元の人でもないし、なんなら初めての諏訪に来てまだ数時間。だけど偉そうに「片倉館という千人風呂と呼ばれているお風呂がとてもよかったですよ!」と答えてしまいました。すると店員さんが「お姉さん、もう行ってきたの?早いね!」と言いつつ、冒頭に書いた昭和初期の使われ方を説明してくれたのです。その後も店員さんも含めて4人でわいわいと立ち話。カップルのお二人とはインスタまで繋がって、石仏を目指すことに。私は車で、彼女たちは徒歩で。向こうで会うかもですね、ではまた!と挨拶して別れました。こういった旅先の出会いが、いつどんな場面でどんな再会に繋がるかわからないもの。いい寄り道になったなと車を走らせました。

白がかっこいい徳利はninjinsanで、プレゼントの灰皿とお猪口はリビセンで。

石仏は思っていたより大きく、体の部分がどーんとしていて、第一印象は「安定感」。おおらかな、やさしい気持ちになる仏像でした。頭の部分はほ仏像の形になって彫り込んであるけれど、体の部分は線が刻まれているだけ。そのバランスもなかなか見慣れないもので、楽しみながらお参りをしました。お願い事をしながら、石仏の周りを時計回りに3周する、というのも独特で面白い。両脇に、ささやかな田んぼが寄り添うようにあるのもいい。きっと季節が変わるごとに、決して広いとは言えないこの空間だけど、色合いが変わるのだろうな、と想像すると、何度も足を運んでみたいなという気持ちになります。先ほど「ではまた!」と言ったカップルとは再会こそできなかったけれど、その後InstagramのDMでやりとりをしています。袖振り合うも多生の縁というけれど、きっと彼女たちに「また」会うこともいつかあるのだろうな。

石仏の岩の大きさにくらべてちょこんと小さな手が愛らしい。左右の田んぼが囲うようにあるのもいい。

今回のような一人旅で、初めての街に行くのはかなり久しぶり。「一人旅って寂しくないの?」と言われたことも何度かありました。でも今回の旅を通して再認識したのは、一人旅だからこその賑やかさ。たとえばお店や飲食店、バーなんかに友達と行って話していたら、お店の人から話しかけられる機会は少ないかもしれない。けれど一人でいると、店主の方に声をかけていただけるチャンスがすごく増える気がします。そこで地元の誰かと話して、運が良ければ常連さんとも話せたりして、次に行くべきお店を紹介してもらって、「〇〇さんに教えてもらいました!」と足を運べば、そこでは完全な一見さんよりもちょっぴり親近感を持って接してもらえる。さらにそこから数珠繋ぎに何軒か巡っていくと、たった一度の旅だったとしても、その街に対する愛着が増すと思うのです。たぶん私が旅に求めるのはこういう人との出会いと、数珠繋ぎで街の解像度を上げて見ていくことの楽しさ。だからこそ、たいていはほとんど予定を立てずにノープランでとりあえず到着して、そこから行く先々で人と話しながら次の目的地を決めているのかもしれません。予定がギチギチに入っていると、おまけを追加したら何かを諦めないといけないというちょっとしょぼんという気持ちにもなるけれど、なんにも予定がなかったら全部が楽しいですからね。

そんなことを思いながら、また土砂降りが降ったり止んだりする中を高速に乗って、松本へ。松本編は、また次回!

▼今回の諏訪ルート


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