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引っ越し先みたいな気分の京都旅行

12月、長めの休みを持て余していたら、友人がちょうどその時期、京都にいることを思い出した。

京都はもともとすごく好きで、たぶん大学時代から毎年一度は訪れていた。でもここ数年は、出張でしか行っていない。仕事じゃなくて純粋な旅行がしたい。でも観光っぽいのはそんなに求めていない。

とりあえず宿だけ押さえて、友人には京都に行く旨を連絡だけして、翌朝起きてから気まぐれに新幹線に乗った。

あまりに何も決めずに京都に着いてしまった。京都タワーを見上げながら、どこに行こうか途方に暮れる。とりあえず、なんとなく知り合いのお寺でお参りすることにした。それから、いつもお土産を買うだけだったケーキ屋に向かう。

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ラ・ヴァチュールのタルトタタンは特別に好きで、いつもは帰り際に買って新幹線に乗り、家に着いたらレンジでチンしてヨーグルトをかけて食べる。今日は初めてお店で食べた。角砂糖の包みが可愛い。

どこで食べてもここのタルトタタンは絶品。凝縮されていて、柔らかで、さっぱりしたヨーグルトソースもよく合う。ここに来て、ようやく落ち着いた気分になった。

お店を出て、12月と思えないくらい暖かい冬晴れの中を30分ほど歩く。目的地は予約していた宿。今回最も楽しみにしていた場所だ。

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マルダ京都。一人旅には贅沢すぎる広さだけど、とにかくゆったりした空気を求めていた私にはぴったりだった。部屋全体が様々な濃淡の灰色で統一されている。

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ミニキッチンにはケトルや急須、ミルクパンなどが揃っている。ちょうど来るときにスタバでもらった試供品のインスタント抹茶ラテがあったので、牛乳を買ってきて温めて飲んだ。

本を読んだり編み物をして、部屋を堪能する。観光で外を出歩くより、この部屋に住んでいるような気分で時間を過ごしたくなる。

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夕方になり、友人と待ち合わせていた時間が近づく。マルダから歩いてほんのすぐそば、イノダコーヒ三条支店に向かう。友人からは「本店じゃなくて?三条支店?」と聞かれたが、実は今回の京都旅行のもう一つの目的地がここだった。

京都に来るちょうどひと月前、世田谷文学館で行われたロンリー・ハーツ読書倶楽部で、作家の吉田篤弘さんのお話を聞いた。課題図書は『つむじ風食堂の夜』。小説に出てくるほとんどの場所が豪徳寺近辺らしいのだが、唯一「タブラさんのコーヒースタンド」のモデルとなった場所は京都のイノダコーヒ三条支店なのだそう。

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私は、小説を読みながら、エスプレッソマシンが光る円形カウンターが実在するならいつか行ってみたい、とかねがね思っていた。それが実在するというのだ。行かない手はない。しかしGoogleで検索しても、画質の粗い小さな画像しか出てこない。ますます行くしかない。自分の目で確かめるしかない。

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本当にあった。待ち合わせの時間。友人はまだ来ていなくて、憧れの円形カウンターは喫煙席だった。私も友人もタバコは吸わないけれど、こればっかりは諦めきれず、カウンターのハイチェアに座る。

蒸気を上げるエスプレッソマシンはない代わりに、フレッシュオレンジジュースを絞る機械が丸く銀色に輝いている。よく見たら、カウンターの内側にあるものはだいたい銀色で丸みを帯びていて、なんだか可愛らしい。

見惚れていたら友人が現れた。映画やドラマや音楽の話が尽きない。友人のお父様が焼いたというパウンドケーキをお土産にいただく。しばらく話して、その後友人は用事があったので「また後で!」と別れた。夜はまた別のお店でお酒を飲もうと話していた。私はまたホテルに戻って本を読んだり微睡んだりして過ごした。なんだか、京都に住んでるみたいな気分になった。

友人と合流するまで、夜は適当にごはんを食べて、先斗町のあたりを目指して歩いて時間をつぶす。この日は本当に、昼も夜も歩くのにちょうど心地よい気温だった。たどり着いたnokishita7&11は、立ち飲みの一人分だけちょうど空いたところだった。

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このカクテルの名前は「さよならリグレット」。安易だけれど、京都といえばくるり、と思ってしまうタイプなので、メニューにこの曲名を見つけて真っ先に頼んだ。ズルい。

友人の友人がマスターをやっているバーに移動して、合流した。一度来たことがあったのを覚えていてくれて、ますます旅先にいる感覚がなくなる。強いて言うなら、私だけ関西弁を話せないな、と思うくらい。京都の居心地の良さにすっかり酔いしれた。

ホテルに戻って、バスタブにお湯を張り、ヒノキの匂いの入浴剤を入れる。じっくり温まったら、部屋に備え付けのババグーリのパジャマに袖を通す。肌触りの良いしっかりしたパジャマはこんなにも着心地が良くて、熟睡に誘ってくれるのか。普段、家では着古したジャージやTシャツで過ごしていたけど、東京に戻ったら良いパジャマを買おう。そう決意した。

翌朝、キッチンのケトルでお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

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本を読みながら、朝ごはんを待つ。ここでは部屋に食事を運んでくれるので、あらかじめ決めておいた時間が来るのをゆっくり待つ。

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あぁ、なんという贅沢!パンもスープもジュースもお茶も、もちろんおかずも全部美味しい!

お肉や魚がないから後でお腹が空きそうだな、なんて思ったけれど、野菜をたくさん使ったおかずがたっぷりなので、食べきるのに精一杯というくらい。満腹になって、二度寝までしてしまった。

この日もこの日でノープラン。普段、東京の家からは電車の乗り継ぎなしで行けるという理由でたまに高尾山に登るのだが、その感覚でどこか気軽な山の景色が見たくなった。京都に住んでる自分が過ごす休日、という妄想。

きっと10年以上は行っていなかったであろう高雄へ行くことにした。今更気づいたけれど、東京の高尾を思いながら京都で高雄に行くなんて、完全に無意識だった。市内からバスに乗ること40分。さらにそこから、延々と続く石段を登る。

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ちょうど1週間前に紅葉のピークを終えた高雄にはほとんど観光客もおらず、この景色を文字通り、本当に独り占めである。ここでどうしてもやりたかったのが、かわらけ投げ。素焼きの杯を、山間に向かって、フリスビーのごとくシュッと投げる。こうやって厄を払うのだそうだ。

紅葉が終わってしまっても、少しずつ違う深い緑色が視界全体を覆って心地よい。薄暗い曇り空すら心地よい。

なんだか帰りたくなくなってしまった。もうちょっと京都にいたい。結局、帰りのバスの中でスマホで安宿を探し、もう一泊することに決めた。

次の日の朝、美味しいコーヒーとトーストでも食べたいなと思って向かった先は、菊しんコーヒー。午前中の日の光が差し込む店内。

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向かいの店の扉には「個性美を創る店」と書いてあって、なんのお店だかわからないけど、なんだかその感性はとても好きだなと思う。カウンターに座り、目の前でじっくり淹れてくれるコーヒーの香りを楽しみながら、まるで6つ並んだ半月みたいなレモントーストが出来上がるのを待つ。

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さっきまでハチミツに浸かっていた薄切りレモンのさっぱりとした甘さと、ふんわりしたトーストがたまらない。昨日の豪勢な朝ごはんも良いけれど、こういうシンプルな朝ごはんも好きだ。食べ終わった後、外に出て全身に浴びるひんやりした空気さえ「朝だ!」という気持ちになってシャキッとする。冬はできることなら、毎朝こんな気分で出勤したいな、なんて思う。

この日こそ東京に戻るぞ、と決めたら、京都で味わいたいスイーツばかりが頭に浮かんでしまった。なんにも我慢したくない。全部食べたい。

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やって来たのは長楽館。マルチーズみたいなふわふわしたクリームが可愛らしいベイクド・アラスカ。実はこれ、目の前で調理していただいて完成するメニューなのだ。

運ばれて来たばかりのベイクド・アラスカに、まだ焦げ目は付いていない。テーブルまで運ばれた後、他のお客様もいる部屋の照明を落とし、突然薄暗くなる。

アルコールランプに火が灯り、カップに入れたグランマルニエを温める。十分に温まったところで、炎をグランマルニエに移す。そして炎ごと、アイスを包んだメレンゲに少しずつ垂らしていく。薄暗い部屋で、青い炎が自在に操られる様子から目が離せなくなる。

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そうして完成したこのデザートは、グランマルニエの香ばしい匂いを堪能しながら、ふんわりしたメレンゲをすくって、中のしっかりした食感のアイスまで食べ尽くす。

薄暗い部屋の心地よさ、炎の美しさ、アイスの冷たさ、香ばしい匂い。全てが癒し。少し背伸びしてここに来て良かった、と心の底から思える時間だった。

新幹線に乗る前に、あとひとつだけ諦めきれなかったのが和菓子。

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和久傳のれんこん菓子・西湖は、いつも大好きだけど、お土産にその存在を思い出すのはいつも夕方か夜、帰りの新幹線の時間が迫る京都駅。当然、いつだって売り切れていて断念。そんなことを何度繰り返したかわからない。しかし数年前、友人から教えてもらった紫野和久傳なら、店内も落ち着いているしわりかしいつでも食べられるという。それを目指したはずなのに......。

季節限定という言葉にとても弱いうえに、「雪の灯」というネーミングの品の良さに惹かれてしまい、このお菓子を選んだ。

抹茶羊羹の隙間を埋める透き通った丸はほうじ茶の寒天。葉の上にふわっと雪が積もるように白く重なっているのは山芋羹。食べてしまうのが惜しいほど美しい。家に持って帰って部屋に飾って、透き通ったほうじ茶の窓からキャンドルとかを向こうに翳して眺めたい。でも食べたい。一口頬張れば、あぁもう間違いない。濃厚な抹茶の風味に、香ばしいほうじ茶寒天のつるんとした喉越し。ふんわりやさしく柔らかい山芋羹。これこそ完璧な京都の甘味......!

もう思い残すことなく、東京に帰れる。はぁ、満足した。「雪の灯」を食べ終わった途端に、そういう気持ちが押し寄せて来た。

たった2泊3日だったけど、「もしこの街に私が住んだら」という妄想をしながら過ごす旅は新鮮。10回以上訪れている京都を飽きることなく存分に楽しめた。

初めて訪れる街では、なんとなくもったいなくて観光も欲張りがち。だけど何度も来たことのある場所だからこそ、こういう楽しみ方もできるのだろう。これから、もっといろんな街でこういう旅をしてみたい。

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