見出し画像

夢二が描く女性のように、ゆるりと着物を楽しみたい

前回の記事はこちら

着物で出かけるようになって、気づいたことがあります。私は比較的、街中で知らない人から声をかけられやすいというか、ナンパや勧誘などを受けやすい。不快な思いをしたことも一度や二度ではありません。新宿や渋谷を歩いていて「飲みにいかないか」と声をかけられる確率が本当に高い。100%断るのですが、断ったら断ったで「つまんねぇ」など捨て台詞を吐かれてまた嫌な思いをする。他にも、怪しい手相占いの練習中という人には(疲れた顔をしているときなんてなおさら)声をかけられる。私、そんなに幸薄そうだった? サラリーマン風のアンケート調査をしているという人には、同じ日に行き帰りとその途中の計3回、全く同じ声かけにあったこともありました。そんなに印象薄いのかな、一回断ったのを覚えてもらえないくらい、私って影が薄いのかな……。

しかし着物でいると、なんでかそういった厄介な声かけが、一切なくなったのです。着物で生活したら舐められて困るような場面が減ったらいいな、なんて魂胆もないわけではありませんでした。とはいえ、まさかこんなにすぐに効果てきめんだなんて、びっくり。

逆に、知らない人からの“嬉しい”声かけは圧倒的に増えました。欧米などで、着ている服やアクセサリーを通りすがりに褒められる、という話は聞いたことがある。でもそれは、日本で暮らす(しかも洋服への興味が薄かった)私には無縁だと思っていました。それが、「お召し物、素敵ですね! 本当に似合っている!」とか「お着物、素敵です。」なんて言われるようになった。それも、名前も知らない店員さんや電車で隣に座った紳士、ギャラリーのスタッフさん、初めて行ったバーのマスターなど、洋服では体験したことのなかった一言ずつのやりとりが途端に増えたのです。着物の古着屋さんで接客をしてくれたお姉さんにこの体験のことを話してみると「お着物だと確かに多いですよね」とのこと。着付けの経験がある方や、茶道・華道に馴染みのある方が声をかけてくれるのか、着物を着ている人というので何か安心感のようなものがあって話しかけやすさが出ているのか。まだ理由はわかりません。でも、着物生活を始めてたった3ヶ月で、既に10人以上もの名も知らない方々がお褒めの言葉をくださったのです。そんな声に背中を押されて、少しずつ自信がついてきた気がします。

嬉しい声かけといえば、SNSを通して、久しく会っていない友人や、実は着物に馴染みのある人だった!という友人から、続々と連絡が来るようになりました。「お着物でこういうお出かけしたい!」とか「男性ものだと古着で身長が合わなくてなかなか見つからない」とか、男女も年齢も地域も問わず(文字通り、北は北海道から南は沖縄まで!)、とにかくいろんな人と着物についてのやりとりが活発に。お仕事で着る人もいれば、趣味で着る人も、ご家族から受け継いだものを着る人も、はたまた着たいけど機会がなかったという人も。私は寺の娘なのに着物が着れない、という後ろめたさを持っていたけれど、旅館の娘だという友人から同じ悩みを抱えているという連絡もありました。仲間はこんなところにもいたのかと、なんだか心強い。今までとは違う「共通の話題」に着物が一つ追加されたことで、いろんなおしゃべりがますます楽しく刺激的になりました。


着物でのお出かけが増えて最初に戸惑ったのは、長時間歩いても着崩れないかどうか。最初は、きっちりキツく腰紐を縛ったりしていたのですが、それでも足元など緩むときは緩んできてしまいます。かといってさらにキツく締めると、腰が疲れてしまって自分の体力が長持ちしない……。さらに次の悩みになったのは、腰回りの紐や帯を強く締めすぎているせいか、せっかくの美味しいご飯をお腹いっぱいに食べられないこと。いつもの私だったら、もっとたくさんお酒も飲むし、ごはんもたくさん食べるのに! すぐに苦しくなってしまうので、にこにこしながらお喋りを楽しむだけの時間にせざるを得ない。悔しい思いをしたディナーが何度あったことか……。

そんな悔しさをバネに、なるべく毎日お着物を着て、どれくらいまで緩めても大丈夫か様々なバリエーションで試してみることにしました。自分の体型と、そして着物と帯の組み合わせと、さらにその日の食事の量をなんとなく予想して適度に緩め始めたら、着崩れないし、満腹に食べられるようになりました。私にとっては美味しい食事が生きがいと言っても過言ではないので、コースのあとにデザートまでいけるかどうかはすごく大事。着物だからといって、満腹になることを諦めなくて良い!と気づけたのは、着物への愛着が増えたきっかけの一つです。

いよいよ、半幅帯なら襦袢を着るところから10分で着付けが終わるようになり、着物でのお出かけに緊張しなくなってきました。高校時代からの友人とは着物で着飾って目黒にある雅叙園の「百段階段」へ。ちょうど展示されていた竹久夢二の絵画には、色っぽく、ゆるりと着物を着た女性たちがたくさん描かれています。これまでも竹久夢二の絵は好きだったけれど、着物に注目して眺めたことはありませんでした。この帯のお太鼓の柄の見せ方がかわいいなぁ。半幅帯をこんなにゆったり見せる着方があったのか。襟をこんなに抜くと本当に艶やかだな。こんな派手な着物と意外な帯の組み合わせだけど似合っている、真似してみたい……などなど、絵画の見方だけでもさらに深まって楽しめる度合いが全く違う。

なにより、着物=背筋をシャンとしてきっちりぴっちり着ないといけないと思い始めていた私に、竹久夢二の絵の中で、だらりと力を抜いて着物姿で日々を謳歌している女性たちが輝いて見える。まだ詳しいわけではないけれど、彼の描く女性たちは正装として格式高く着飾るというよりは、生活の中で自然に着物を楽しんでいるよう。襟元が大きく緩んでいても、どこか品がある。じっくりたくさんの絵に目を凝らしてみると、もしかすると首の傾げ方や指先など、仕草に色気が宿っているのかもしれません。こんな風に気軽に、でも素敵に、着物を楽しんでみたい。そんな憧れが、また一つ増えました。

竹久夢二の絵画の中では、スレンダーな女性も、グラマーな女性も、たのしそうに、はたまた本当にリラックスしたような表情で着物に包まれています。きっとどんな体型の人にどんな着物が似合うのか、どんなシーンで「日常生活」の中で着物が輝いているのか、そういった視点を常に持っていたのではないでしょうか。友人と雅叙園を後にしてから、気になっていたアンティークの着物屋さんへ足を運んだりもしました。今まで試着は一人でしかしていなかったので、女性と一緒に着物を選ぶのは初めて。あれこれ試着して、どれが似合うとか、こっちがいいとか、とにかく手にとって見比べて語り合うのに夢中。私と友人とでは似合う着物が全く異なって、改めて先程まで眺めていた夢二の絵画に思いを馳せました。


着物を手に入れるハードル、着付けができるようになるハードル、着て外に出かけるハードル。一つ一つが高い壁のように見えていたけれど、乗り越えてしまえばなんてことない。正直、今はまだ着物歴3ヶ月だし、いまいち着付けがうまくいかない日もあります。紬(つむぎ)とか絣(かすり)とか紗(しゃ)とか絽(ろ)とか、格とかマナーとか、まだまだ知識が足りなくてわからないこともたくさん。全部を完璧に頭に入れる日を待っていたら、「いつか着物が似合う大人になりたい」を実現する日が、うんと遠い未来になってしまいそう。しかしきっと今、初心者だからこそ新鮮に驚くことができている楽しみもたくさんあるはず。そんなひとつひとつ積み重ねながら、肩肘張りすぎず、ゆるりと着る醍醐味にも手を出しつつ、これからもっと着物生活を堪能していきたいと思っています。

雅叙園の中をタイムスリップした気持ちで散策
竹久夢二「五月(藤の花)」
試着も楽しい
着物でコーヒーの焙煎体験にも行きました

この記事が参加している募集

習慣にしていること

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?