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大河ファンタジー小説『月獅』61         第3幕:第15章「流転」(4)

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第3幕「迷宮」

第15章「流転」(4)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれた。
 レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し藍宮を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔でイヴァン(ルチルの父)と出合い、共に解読を進める。レルム・ハンの建国前に「月の民」という失われた民がいたことがわかる。
 王妃からキリト王子の師傅しふを要請されたラザールは、王子との謁見のため真珠宮を訪れる。

<登場人物>
キリト(12)‥第4王子(王妃の三男)
カイル(17)‥第2王子(貴嬪サユラの長男)
ラザール‥‥‥星夜見寮のトップ星司長、シキの養い親
王妃ラサ‥‥‥キリトの母・真珠宮の主
シキ(12)‥‥星童、ラザールの養い子、女児であるが男児と偽っている
ソン‥‥‥‥‥キリトの守役
ムフル皇帝‥‥トルティタンの前皇帝・ラサ妃の父

<レルム・ハン国 王家人物>
ウル‥‥‥‥‥国王
サユラ‥‥‥‥貴嬪・カイルの母
アラン‥‥‥‥第1王子・逝去(享年18歳・王妃の長男)
ラムザ‥‥‥‥第3王子・逝去(享年14歳・王妃の次男)
ラムル‥‥‥‥初代レルム・ハン国王
カムラ‥‥‥‥前国王・ウル王の父・勇猛果敢であった

<補足>
真珠宮‥‥‥‥‥‥後宮にある王妃の宮・キリトはここで暮らす
藍宮‥‥‥‥‥‥‥カイルの宮・外廷にある
レイブンカラス‥‥王直属の偵察カラス
『黎明の書』‥‥‥王国の史書・天卵に関する記述がある
『月世史伝』‥‥‥古代レルム文字で書かれた幻の古文書

 ぴぃいいい。雲雀がひと鳴きして空にあがる。
 ラザールはそれを一瞥して威儀を正した。この心根のまっすぐな王子に権力の汚辱を開陳せねばならない。
「王の下に廷臣がおり、王が統べているようにみえます。ですが、それは幻影であり、見せかけにございます。王は廷臣の上にまつりあげられた飾りにすぎませぬ」
「飾り……だと」キリトの語尾が跳ねあがる。
「左様。王宮の望楼にはためく双頭の鷲の国旗、あれと同じにございます。政治を行い、国を動かすは臣下でございます。王は国の象徴としてあればよい。極論を申し上げれば、玉座に座ってさえいればよいのです。王が無能であるほど、権力に群がる者どもにとっては都合がよい。これが権力のまことでございます」
 王とは尊きものと教え込まれてきた王子が、初めて耳にするむごい現実。キリトは唇を引き結び、ラザールを睨む。
木偶でくであれというか」
「権力をほしいままにしたき者にとっては」
 キリトの眉根がつり上がる。
「初代ラムル王の伝説はどうなるのじゃ。英雄であらせられたラムル王が蛮族を倒し、レルム・ハンを建国されたというではないか。お祖父様のカムラ王も勇猛果敢であったと、ソン爺が言っておったぞ」
 キリトはひっしで反論を試みる。納得のいかぬことには一歩も退かない気構えがこの王子にはある。
「ラムル王の事蹟は、六百年以上も昔のことであるため真実はわかりませぬ」
「英傑王といわれておるではないか」
「歴史や伝説は、時の権力の都合の良きように創られるものでございます。ラムル王がいかに勇猛であられたとしても、お一人で建国できたでしょうか。一騎当千であったとしても、いくさでは鬼神のごときと讃えられようとも」
「兵を率い、軍を指揮され、レルム・ハン国を建てられたのではないのか」
「むろん優れた族長ではあられたでしょう。ただし、王お一人の力に頼る国は脆い。王がたおれてしまえば、国は、部族は瓦解いたします」
 キリトは眉間に力を込めラザールから視線を外さない。
「カムラ王がお斃れになられたときが、まさにそうでございました。我が国は存亡の危機に瀕しました。現在の愚かな派閥争いの遠因も、かの折に端を発しております」
「どういうことだ」
「カムラ王がトルティタンとの戦場においてご薨去こうきょなされたことはご存知でしょう」
「むろんじゃ」
「あの戦はカムラ王が仕掛けられ、王自らが陣頭指揮を執られておりました。王がお一人で率いておられたのです」
 ほら見ろ、といわんばかりにキリトが勝ち誇った笑みを浮かべる。
 ラザールはひとつ咳ばらいをして続ける。
「それ故に、王がお斃れになられると軍はたちまち統率を失いました。王の死を秘匿して早々にトルティタンと『イルミネ講和条約』を締結し窮地を脱しましたが、それも王のご遺命であったと聞こえております。条約調印のテーブルに着いたのが王の影武者と露見すれば、我が国はトルティタンの属国になっていたやもしれませぬ。まことに危なき橋でございました」
「カムラ王の勇猛さが、国を存亡の危機に陥らせたというのか」
「いかにも。ラサ王妃様は同盟のあかしとして我が国にお輿入こしいれなされましたが、ありていに申し上げれば人質でございました。ご婚儀の翌日にカムラ王の死が公表され、ウル王が即位されると、トルティタンのムフル皇帝が地団太を踏んだと伝え聞いております」
「だから……次の王はトルティタンの血筋を引くものでなければならぬのか」
「ご明察のとおりでございます。ゴーダ・ハン国とセラーノ・ソル国の脅威がある今、トルティタンとの盟約を反故ほごにはできませぬ」
 キリトは爪を噛む。
「吾は……レルム・ハンの王族でありながら、生まれながらの人質でもあり、同盟の象徴でもあるということか」
 ラザールは驚いて目をみひらく。なんと聡い王子であろうか。
「ご慧眼にございます」
「アラン兄上もラムザ兄上も身罷られた。吾しかおらぬ」
「左様。そもそも次の王太子はキリト様、一択でございました」
「では、何故なにゆえ、派閥争いが起きたのじゃ。カイル兄上は、臣籍降下して諸国を放浪したいと仰っていた。兄上は王太子の位など望んでおられぬ」
「王子様方のご意思は関係ないと申し上げました」
「ああ、そうであったな」
 キリトは細い肩を落とす。そこにラザールは追い打ちをかける。
「やがて、ラサ様が王妃であられることを問題視する声があがりました」
「なぜじゃ。同盟のために、母上は犠牲になられたのであろう」
「王統の純血が保てない、と主張する勢力が現れたのでございます」
 はっ?と、キリトがまじまじと目を剥く。
 ぴぃいいい。池畔の茂みからまた雲雀が蒼天を衝く。
「それで……カイル兄上の母上サユラ様が後宮に入られたのか。血とは、それほど大事か」
「象徴としての王にとっては」
 池を渡る風はぬるく淀んでいる。
「王統の純血を主張した勢力も、おそらく本音では純血に拘泥しておったわけではございません」
「どういうことだ。そちの話は混沌としてわからぬ」

(to be continued)

第62話に続く。


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