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むねをなめられる件

 2022年1月21日、男性の乳腺外科医が手術直後の女性患者の胸をなめるなどしたとして、準強制わいせつに問われている事件の上告審弁論が開かれた。

【発端】
男性医師は2016年5月、東京都足立区の病院で、女性の乳腺腫瘍の摘出手術を担当したあと、全身麻酔から覚醒途中だった女性の着衣をめくり、胸をなめるなど、抗拒不能に乗じてわいせつな行為をおこなったとして、準強制わいせつ罪で逮捕・起訴されていた。
経緯はこちらからご覧下さい。弁護士ドットコムニュース

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 この事件の一報を知ったとき、瞬時に「うわ、たまらんな」と思った。もちろん女性患者の立場で、である。この時、私は乳がんから10年目。主治医は男性だったが、幸いにもそのような危機や不快を感じたことはなかった。罹患時は32歳、最初はいくら乳がんといえども胸をおっぴろげることに抵抗があったが、手術も終わり放射線治療で複数の医療者(男性多め)に胸をおっぴろげること数十回を繰り返した後、恥ずかしさや躊躇は消え去ったものだ。逆に、医療現場ではない場所でおっぴろげることは罹患前と違う恥ずかしさや躊躇が出現することになるのだが…。

 とはいえ、乳がん患者が胸をおっぴろげる機会はそうでない人に比べれば信じられないほど多く、そのほとんどがどうしようもなく避けられない事態だし「そんなこと恥ずかしがっている場合じゃないだろう!!」と思われるだろうが、必須だろうが命がかかっていようが場合がなんであろうが、その恥ずかしさだけでもつらさは大きい。男性が前立腺がんの放射線治療で心が折れるとも聞く(筆者の父もそう言っていた)。ましてや、そこにわいせつ行為が加わったとしたら…想像しただけで情けなさと悔しさと怒りで髪が天を突く。

 ただ、私は乳がん以前に似たようなことを体験している。実は、誰にも話したことがないし書いたこともない。この事件の経緯を8年追っていても、自分の経験を口にする勇気も出なかった。それぐらい不確かで言い出しにくく、拒否も相談もしにくいことなのだということ。

 この事件は現在、捜査における科学的確からしさと被害女性の訴えをどう司法が扱うかということがあり、とても難しいことになっているが、どちらにより賛成かということではなく、個人の体験と感想を書きたい。ただし、詳細はプライバシーがあるので少々加工している。

 20代の終わり頃、ある整体師にお世話になっていた。生来+出版関連の終わりなき肩こりと長時間労働で、何かしら施術を受けずには日常を過ごせない生活で、たまたま知り合いから「まさにゴッドハンド、この人はすごいよ」という男性の整体師さんを紹介してもらった。たしかに凄腕。腱鞘炎も首の痛みも驚くほどよくなり、バイクで転倒した際のムチウチも彼のおかげで何とかなった。

 私が施術を受けていたのは彼の治療院ではなく、週に1度の出張治療がある別の治療院の個室だった。施術の時は動きやすいTシャツなど着衣のままだがブラジャーは外していた。外してと言われたわけではない、しっかり揉むなり押すなりしてもらうためだ。仰向きで施術される時、顔にはアロマオイルの香りがするタオルが掛けられている。
 不定期だが施術を受けるようになって1年くらい経った頃だろうか、着衣の上からおっぱいを揉まれるようになった。他の箇所と同じくコリをほぐすのかな、と思った。たしかにおっぱいであれその周辺であれ、こっている。当時のカップサイズはCとかDあたりで、重さの負荷があるといえばある。しかし、だんだんコリをほぐすというより揉みしだく感じになっていった。一度「え?」と声を出したら、「この鎖骨の下とかね、こってますよ。デスクワークで前屈みになるからですね」と言われ、そういうもんかなと思うことにした。

 ただ、同時期に彼に施術してもらっていた知人女性が、「効果は抜群なんだけど、なんかイヤな感じがするからやめる」と別の整体師を探していると聞いて、もしかして胸を揉まれるのがイヤなのかなと思ったが、なんとなく「そんなことがあったの?」とは聞けなかった。知人女性とはそんなに親しくなかったし、自分だけなのか他の人にもそうなのかを確かめるのが恐かったのだと思う。
 私は本当にどうしようもなくガチガチにこってしまった時や、腱鞘炎がどうしようもなくなったときに施術は必須だったので(他のマッサージや鍼灸ではびくともしなかった)、1~2ヶ月に1回のペースで通っていた。マジで回復するんだもの。おっぱい揉みは当たり前の施術箇所となっていたが、ある時、Tシャツがめくられたような気がした。気がしたとしか言えない。顔はタオルで覆っているので見えないし、ガチガチの体をびしばし揉んでいるのでわりと鈍感だったはず。かなりハードめの施術なのにうとうとするくらい疲れた状況で受けるし…あれ、なんかめくった? 手が止まったよね? と思ったら片方の乳首がヒヤッとした。もしかして、舐めた?

 どうしたって「もしかして」だ。恐くもあり、自分の誤解かもしれない。誤解だったら、「何やってんの!」と勝手に怒って、それ以降施術が受けられなくなるのは困るし…そんなことが起こりうるとはまったく思っていないし。

「乳首を舐められたら、わかるでしょ?」と思われるだろうし、私だってわかると思っていた。が、思ってもいない状況で起きる感覚というのは、たぶんめっちゃ鈍感だと思う。そもそも乳首なんて日常生活ではブラジャーに押し込んであって自分でも触らないし、思いがけず他者に触られることなんて、まずあり得ない。医師の診察とか、セックスの時だって触られる、舐められることは前提だから感覚が集中しているし、そもそも自分も見えている。
 ということが、事が発生してからわかった。後からすごく嫌な気持ちになるのは痴漢に遭ったときと同じで、本当にそうだったのかどうかがわからない故に悶々とする。相手を糾弾していいのか、気のせいなのか気にしすぎなのか…。

 その後、その整体師の施術を受けるのはやめてしまった。上記の「もしかして」直後ではなく、2回ほど出張先ではなく治療院で施術を受けたのだが、そこはカーテンなどの仕切りがなくて4,5人を同時に施術するところで、そこではTシャツをめくられることはおろか、胸を揉まれることもなかったのだ。それで、おそらく痴漢行為だったのだろうと自分で納得がいって、その気持ち悪さと施術の良さをかけていた天秤がはっきりと傾いた。

 この顛末の後、私は乳がんに罹患して乳房温存手術を受けて4,5年は鍼灸整体でも「ここは触らずにお願いします」と前置きすることが続いたけれども、それ以前に女性の方にお願いすることが増えた。バッキバキにこる私としては、男性のパワーと手の大きさが整体にはありがたいのだけれど、「もしかして」のいやーな感じが拭いきれない。絶対に女性の施術じゃないとダメ!というほどではないけれど…。そんな経験があって最初に冒頭のニュースに接したときに「うわ、たまらんな」となったのだ。

 整体などは変えることも止めることも、まだできるし選択肢はある。けれど病気で、しかもがんという深刻な病で医師や病院を変えるのは本当に難しい。どんなに初期でも命に関わるかもしれないのだから、「そんなこと」は我慢したり見過ごしたり、「なかったこと」にしなければいけない人は少なからずいると思うのだ。

 そもそも、医師は選べないことが多い。がんの治療はものすごいスピードで診断から手術などの治療に進んでいく。もちろん、治療のためにはスピードが重要なのだけれど、急に降ってきた災難に対して、治療法や体の一部を欠損すること、見た目が変わること、人生がどうなるのか等々が1,2週間で吹き荒れる。もちろん、医師や看護師など医療者もできる限り患者の不安やつらさを軽くしようとする人が多いし、そのように医療体制はなりつつある。が。もしも、もしも、そこでわいせつ行為が起こってしまったら。そう考えると本当にやりきれない。

 私はこの事件の真相や、今後の裁判がどうなっていくのかを注視しつつ今のところはグレーなものだと考えるしかないとは思っている。けれど、病院でセクシャルな面において不快ことをされた、思いをしたという話は自分の周りでも少なくない。エッセイストのアルテイシアさんが教えてくれるようにプーチン顔をキメたりする心構えを普段から持っていることも大切なのだが、患者という困ったり弱ったりしているときにはいっそう難しい。老若男女問わずに難しい。その場では気づくことができず、ずいぶん時間が経ってから「あれって…」とふつふつ不快になることもある。

 正直、だからどうしたらいいのかという案も浮かばないし、闇雲に医療従事者が疑われるのも嫌だ。ただ、「あり得ない話」ではないということを、記録しておきたい。


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