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海洋画家・勢古宗昭さん

何気なくBSをつけたら昔のNHK特集「日本丸一万浬(かいり)」を放送していた。初回放送は1976年、アメリカ建国200年祭に参加するため出港した大型練習帆船・日本丸に同行、船内や練習生たちの生活、操船などの記録。時に荒れ狂う海と格闘しながらも前へと進むその姿は「海の貴婦人」の呼称が、ただその容姿に因るものではない事を十二分に教えてくれる。それにしても帆を上げ悠然と海を往く船にはほんとうに見とれてしまう。わが日々の歩みもかくありたいと思うが、つぎはぎだらけの帆を張ってみせてもすぐに穴があきそうだ。

帆船で思い出す一人の海洋画家がいる。2010年、65歳で急逝された勢古宗昭さん。1970年代の前半にタンカーの機関員として世界の海を渡り、帰国後は編集者をしながら海洋画家としてその地位を確立していった。そしてワタクシ的には何よりも、社会人として初めて会社勤めをし配属された編集部で仕事のイロハを教えてもらった「上司」だった。

いつでも定時には、そのどっしりとした体躯(確か柔道をされていたとか)で席にいて、遅刻・逸脱の多い若造を優しく厳しい眼で見守ってくれた。治外法権のような部署で、総務部などからの注意に「細かい事いうなってんだよ、なあ」と言って「ウヒヒ」(そう聞こえた)と笑っていた。一言でいえば安心感の塊のような人だった。そんな勢古さんのような「大人」が幾人もいた。一度、ご自宅にお邪魔した事がある。その頃は絵の方にとんと関心がなく、もっぱら図書館のような可動式の書架を見てひたすら羨ましかったのを憶えている。もう40年ほども経つのか。

見出しの絵は、ご家族から送っていただいたポストカードに印刷された、氏の絶筆「海の白鵬(海王丸)」から。タンカーの話、もう一度聞きたいな。


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