【禍話リライト】 ノック合戦

 学校で授業中にトイレへ行くのって結構緊張しますよね。授業中に言い出すのも少し勇気がいりますし、授業の肝心な部分を聞き逃してしまったりうっとうしいクラスメイトにからかわれたり……皆で授業を受けている中、自分だけがそこから抜け出すドキドキもあったりして。

 そこでまあ、脅すわけではありませんが、授業中はできるならトイレに立たない方がいいんじゃないかなあ、という話をしようかなと。我慢のし過ぎはよくないですけどね。

────────────────────

 今は成人されて立派な社会人をされているAさんから聞いた話です。

 当時華の女子高校生だったAさん。ある日の授業中、急にトイレに行きたくなったそうで。しかしまだ授業は始まったばかり。終わりのチャイムが鳴るまで我慢するのはちょっと無理だと判断しまして。

 それでAさん、手を挙げて古文の先生に申告したんです。

「すみません、お手洗いに……」

「おう、行って来い」

 それで、教室から出てトイレへ向かったんですって。

 授業中の学校の廊下ってものすごく静かに感じるんですよね。教室の窓や扉がしまっていると尚更そう。教室で先生の語っている言葉がぼんやり聞こえてくるだけで。それでついつい、廊下を歩いている自分も足音を殺してこっそり歩いちゃう。

 さて。Aさんの学校のトイレには廊下と繋がる入り口にドアがあったんですね。ドアを開けて中に入ると個室が四つ並んであるタイプで。

 Aさんがトイレに入った時、個室は全部空いていたそうです。彼女は何の気なしに、一番奥にある四番目のトイレに座ったんですって。

 トイレの中は廊下以上に静かなものだったそうです。同級生たちが授業を受けている中、自分だけなんだか取り残されたような感じ。この後教室に戻るの若干気まずいなー、みたいなね。

 それで用を済ませてトイレから出ようと立ち上がった時のこと。

 一番手前の個室のドアがノックされたそうなんです。

 コンコン

 と。でも廊下と繋がる入り口のドアが開閉する音なんてしなかったそうなんですよ。先述した通りとても静かなんです。誰かがトイレに入ってくれば絶対気がつくはず。にも関わらず、いつの間にか誰かが入ってきてドアをノックしている。

 あれえ、おかしいなあ。そもそもノックしなくても、中に誰もいないってわかりそうなものだけど……

 変ですけど、後からトイレに来た人も慎重に音を殺してきたのかも。単純に自分が気がつかなかっただけかもしれない。そう思って彼女はドアに手を伸ばし、鍵を開け個室から出ようとしたんです。するとその時。

 コンコン

 一番目の個室、その内側から「入っています」と返事をするノックの音がしたそうです。

 は!?いや、誰もいなかったでしょ!?

 Aさん、ドアに手を伸ばしたポーズのまま、思わずトイレの中で一番目のトイレの方を見やったんですって。

 トイレの中で固まっているAさんそっちのけで、次は二番目のドアがノックされたんですね。

 コンコン

 それに対しても、誰もいないはずのトイレの内側からノックが返されているんです。

 コンコン

 どういうこと……?

 Aさん、わけわからなくなっちゃって。息を殺して身じろぎせずにじっとしていたそうです。

 そうしている間に、順番通り三番目のトイレも「コンコン」とノックされた。それに対してもやっぱり内側から返事をしている。「鍵かかっているんだからノックしなくてもわかるでしょ!」とでも言いたげな、勢いのあるノックの返事だったそうで。

 それで次はAさんが入っている個室なわけですが、混乱した頭でAさんも考えたわけです。

 入っているわけだから正直にノックをしなきゃいけないよね?いやでも、もう出るわけだから……いやいや無理無理。え、これ、どうしよう。

 そしてとうとう、Aさんがいるトイレもノックされた。

 コンコン

 こんな事態に動きませんよね、体。動かせませんよ。頼むからどこかへ行ってよ、という一心でAさんは何もできずにトイレに佇んでいたんです。

 ところが。自分は何もしていないのに、Aさんのいる個室の内側から、誰かがドアをノックし返したんです。

 コンコン

 思わずAさん短い悲鳴を発して、狭い個室の中ドアから後ずさった。

 外でノックをしてきてる奴、そのままどこかに行ってくれればいいのに。諦めるどころかAさんのいるトイレを執拗にノックしてきたそうです。

 コンコン

 するとまた、Aさんではない誰かが中からノックをし返す。

 コンコン

 その応酬が一定間隔でずっと繰り返されたそうで。

 その上「コンコン」とノックしていた音は「トントン」と大きくなり、やがて激しい音になったというからたまりません。

 ドンドン!

 ドンドン!

 最終的にノックと呼べる範疇を超えて、ドアを力任せに叩き合うような様相になったそうです。

 鍵のかかったドアが激しく叩かれ揺れる中、限界を迎えたAさんの意識はパン、と途切れて。

 次に目を覚ました時、Aさんは廊下に大の字になっていたといいます。先程自分を送り出した古文の先生が仰向けに倒れている自分の頬を懸命にぺちぺちと叩いている。

「オイ!大丈夫か!オイ!」

 廊下には自分のクラスだけでなく、他のクラスの生徒も遠巻きに自分を見ていたそうで。中には泣いている子もいたそうです。

 後から何があったのかAさんが聞くと。

 Aさんが教室を出てからちょっとして、トイレの方から突如、爆笑する声がしたそうですね。少し離れた教室にいてもはっきりと聞こえるくらいの大爆笑。

 それでみんなが廊下からトイレの方を見たそうですが、廊下には当然の如く誰もいない。何だ騒がしいと先生を筆頭にトイレへ向かったところ、Aさんが一番奥の個室の前で、その個室の中を指差してゲラゲラと大爆笑していたそうです。口からよだれをだらだら垂らしながら。たった一人で。

 笑い続けるAさんをどうにかこうにか廊下まで引っ張りだして呼びかけ続けていたところで正気に戻った、というわけです。

 騒動が落ち着いた後、Aさんも自分が体験した、トイレのドアをノックされまくった話をしたんですね。すると、その話を聞いた全員が「ああ……」と何か妙に納得しているというか。あの体験を一切疑うことなく信じてくれたそうです。

「信じてくれるのは嬉しいけど、なんで?」

 不思議に思ったAさんが聞いたところ。

「大爆笑していた声って五人くらいの女子が一斉に笑っている感じでさ……あの時聞こえた笑い声、Aの笑う声だけじゃなかったんだよ」

 と、教えてくれたんですって。

 さてそれ以来。その高校の生徒手帳には、

『授業中はできるだけトイレに行かないように』

 と、こっそり書かれているのだそうです。だからきっとまだ、授業中に行くと誰かにノックされちゃうんでしょうね。その学校のトイレ。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第四夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/306826137
収録: 2016/09/16
時間: 00:08:45 - 00:15:40

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。