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「メイド・イン・バングラディッシュ」ルバイヤット・ホセイン監督 2019年 仏/バングラディッシュ/デンマーク/ポルトガル 岩波ホール

2022年4月26日に、この作品を鑑賞してから一年も時間が経ってしまったが、鑑賞直後に書いた鑑賞メモを、掲載したいと思います。

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 岩波ホール閉館前の劇映画として最後の作品(最終上映作品は、ドキュメンタリー作品)。観客の入りは思ったより多かった。以前観たドキュメンタリー「ザ・トゥルーコスト」の劇作品版とも言える。しかし実際の出来事をもとにつくられているという。世界の縫製工場と言われているバングラディッシュの若い女性への労働搾取、人権蹂躙の過酷な現実を訴える作品になっている。

 過酷な環境で若い女性たちが働かされている現実に改めて心が痛む。一方、この作品が、フランス、バングラディッシュ、デンマーク、ポルトガルの4カ国、すなわち、ファスト・ファッションの経済システムの中で搾取される側にある人たちと、搾取する側にある人たち、それぞれの心ある人たちの協力でできていることにも、関心が惹かれる。

 先日読んだ、賀川豊彦の「死線を越えて」の時代の日本社会の過酷さを思い出し、続いて、「女工哀史」の時代の女性たちの苦しみ悲しみも浮かんでくる。100年ほど前には日本も同じような社会だったのだ。

  それにしても、この縫製工場で働く若い女の子たちが身につけている服(サリー)が、原色で色鮮やか。反対色の原色を纏っているのも素敵だ。この素敵な衣服を彼女たちは、どこでいくらで入手しているのだろう。

 この映画の字幕翻訳には、神戸女学院女子大の文学部英文科がクレジットされていて、そこに所属する南出和余(Kazuyo MINAMIDE)という准教授が中心になっている模様。トークイベントも何回か組まれていて、彼女は今月23日に登壇していた。今日は、東京外大でベンガル語を専攻して現在は映画監督&文筆家という佐々木美佳さんが登壇してトークがあった。「大地の歌」などで知られる世界的な詩人サタジット・レイもベンガル人だったことを知る。

 岩波ホールの上映も6月4日から最後の上映作品「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」となる。これも見逃せない。

(追記)
こうして、この記事を書いている今、2023年4月4日に
”バングラディッシュ衣料品市場で火災”
のニュースが飛び込んできた。この大規模火災によって2100軒の店舗が焼失し、5千人が生活の糧を失ったという。詳細な実態はまだ不明。
バングラディッシュでは、2012年に起きた縫製工場の火災、2013年に起きた縫製工場が入っているビルの崩壊で、合わせて1200人を超える労働者が死亡しているのに、また悲劇が繰り返された。

(追々記)
この記事を書いているちょうど今、NHKスペシャル「ジャパン・リバイバル "安い30年"脱却への道」が放送された(2023年4月4日)。バブル崩壊後、物価も賃金も上がらずに30年間低迷する日本経済の現状と克服への示唆や胎動を紹介しているが、この中で、ある日本の衣料品メーカーが、製造委託先を探して行き着いたところが、最も賃金が安いバングラディッシュであった。
1枚800円で売るTシャツを1ドル65セント、日本円で225円で作るよう求めた。高い品質基準を懸念する工場側は、最初に提示した1ドル80セントを、渋りながらも労働者への支払い賃金を削って1ドル70セントを提示した。しかし、5セントの溝のため商談は成立しなかった。今、為替レートは日々大きく変動している。そんな中、5セントに執着する。5セントを販売店や消費者に転嫁することができないという。バングラディッシュの労働者の賃金をさらに削ることを間接的に求めていることにもなるのである。やはり、日本は何かが狂っている。


(関連する話題)

1)ザ・トゥルー・コスト(The True Cost):ファストファッション 真の代償」アンドリュー・モーガン 2015年 (2021年4月12日鑑賞)

衝撃的な内容だった。安くて次から次へと買い換える衣類「ファスト・ファッション」の生産の影に、貧しい国々の貧しい人々の健康と生命の犠牲があり、地球環境の汚染と破壊という次世代の人類への取り返しがつかない搾取が隠れていた。児童労働や婦女子の低賃金が安いコストを支えているから不平等だというようなレベルではないことに気付かされた。

日本で生まれた「ピープル・ツリー」というフェア・トレードの団体の存在も、この映画鑑賞を機会に知った。

https://www.peopletree.co.jp/index.html


2)「歩いて見た世界」ヴェルナー・ヘルツォーク 2019年 岩波ホール (2022年7月30日鑑賞)

岩波ホール閉館最後の上映作品。閉館1日前の昼の上映は、八割方観客で埋まっていた。

49歳の若さで亡くなった伝説の紀行作家ブルース・チャトウィンの足跡を、彼と親交があった「伝説の映画監督」ヴェルナー・ヘルツォークが映像化したドキュメンタリー作品。

幼少の頃に、祖母の家の棚に飾ってあった「ブロントサウルス」の毛皮を目にしたことをきっかけに、その後先史時代や人類史に関心を持ち、美術品の収集、考古学、ジャーナリズムなどを学びながら、最終的には、自らの足で人跡未踏の地や都市文化から遠い土地を旅しながら物語を書くという人生だった。その彼がとりわけ関心を惹かれた土地パタゴニアや、オーストラリア大陸のアボリジニの興味深い風習や世界観が、映像化されて目の前に現れる。全編、チャトウィンと深い親交があった監督ヘルツォークのナレーションで語られる。

チャトウィンは複数の男性と深く交わり、その後、エイズで痩せ衰えて、1989年に49歳で亡くなったという。

奥さんのエリザベス・チャトウィンも登場して、彼との思い出を語っている。

チャトウィンが病で歩けなくなったとき彼から託された、革のリュックサックを大切に持ち歩くヘルツォークの姿がある。

「世界は、徒歩で旅する(ノマディズム)人にその姿を見せるのだ」(チャトウィン)

「『野生の気質や夢見る人々、人間という存在にまつわる大きな概念』がチャトウィンのテーマだった」(ヘルツォーク)

「土地は歌で覆われている」=アボリジニの人々はその道々で出会ったあらゆるものの名前を歌いながら、オーストラリア全土に迷路のようにのびる目にはみえない道「ソングライン」からなる世界を創りあげていった。

3)こうして、岩波ホールは閉館した。1968年に開館し、74年から映画上映を始め、48年間に66の国と地域、274作品を上映して。最初の上映作品が、サタジット・レイ「大地のうた」。最後の上映作品が、ヴェルナー・ヘルツォーク「歩いて見た世界」となった。

今、過去の上映作品が時系列に美しく紹介されている岩波ホールのホームページで、1970年台の作品を眺めてみると、何度も繰り返し上映されている「大地のうた」三部作を中心としたサタジット・レイの作品群から、フェリーニ、ベルイマン、ブレッソン、タルコフスキー、ブニュエル、ビスコンティ、オルミ、レネ、アンゲルプロスといった、映画の歴史を作ってきた世界各国の巨匠、名匠たちの作品が並んでいる。日本映画では、宮城まり子のねむの木学園を撮った作品や衣笠貞之助の「狂った一頁」のような幻の作品。そしてやはり今や知る人も少ないであろう村野鐡太郎「月山」など。見落としていた、見忘れていた数々の作品に気付かされ慌てさせられる。また、「これから見たい・見なければいけない映画作品リスト」が長くなった。
https://www.iwanami-hall.com/pastmovie/history/1970年代

映画ファンにとって今や伝説の人、岩波ホール初代支配人、高野悦子の名前を挙げずには、岩波ホールの歴史を語ることはできないだろう。興行的にはあまり期待できなくとも質の良い作品の発掘と上映に精力を傾けて、日本の映画文化の質を高めた功績。その裏には、年間千本の映画を見続けて培った鑑識眼があった。

本当にこのまま、岩波ホールは永遠になくなってしまうのだろうか。

私にとっては、「本と映画の街」神保町。日本映画の古典、名作に特化した映画館が一館残るだけとなってしまった神保町は、あまりにも寂しい。ほぼ同じタイミングで、神保町の書店を代表する三省堂本店もビル建て替えのため、昨年(2022年)6月から2025-6年まで、規模を大幅に縮小した仮店舗での営業になった。

岩波ホールも、その精神を引き継ぐ、あるいは発展させた映画館が、三省堂本店のように、新たな装いで生まれ変わって開館することを期待するのは私だけではないだろう。

(終わり)

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