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短編小説 『イケメンが陽キャなんて誰が決めたんだ?』

俺の名前は鈴木三郎。名前から予想できるように三男だが、実は男4兄弟の三番目だ。俺の下にはもう一人、兄弟がいる。

自分で言うのも恥ずかしいが、どうやら俺はイケメンらしい。それを自覚し始めたのは中学生になった頃だった。小学校までは男女関係なく一緒に遊んでいたのに、中学生になるとその関係性が何となく余所余所しくなった。みんなも経験あるだろうが、子供から大人の身体に変化する第二次性徴が始まる、いわゆる思春期というやつだ。

中学二年生になると俺のモテ期がやってきた。その頃はやたら同級生からこくらえた。しかし、もともと人と話すことが苦手なコミュ障気味で、さらに男兄弟の中で育ったこともあり、女性への接し方がわからずに上手く返事をすることが出来なかった。「イケメンが陽キャなんて、一体誰が決めたんだ?」。ある同級生の女子は、俺の曖昧な返事を告白の拒絶と捉えて、泣きながら教室に戻って行った。また積極的な先輩には、告白を受け入れたと勘違いされ、付き合い始めたこともあったが、長続きはしなかった。

また俺を巡る女子たちの水面下での陰湿な闘いもあり、俺の心は徐々に疲弊していった。そんな男女関係の煩わしさから、高校は男子校を選択した。また大学も、女性が少ない理系の学部を選択した。そのような経緯があって、いつしか俺は”女性に興味が無い男性”と認識されるようになった。

大学を卒業後は、大手電機メーカーに勤めたが、ここでも女難が続いた。同期の女性社員による俺の争奪戦が行われたのだった。俺は直接関与していないにも拘らず、俺の知らない所でトラブルは拡大し、結局、退職せざるを得ない雰囲気になった。俺は”女性に興味が無い男性”ではないが、女性不信になるには十分な出来事だった。

コロナ禍でマスクの着用が一般化したが、俺には願ったり叶ったりの状況だった。それまでも冬場にはマスクで顔を隠していたが、今は夏場でも堂々とマスクができる。いまの俺の職場は、意外かもしれないがコールセンターだ。コールセンターは女性が多い職場だが、仕事は個人単位なので、同僚とのコミュニケーションは必要最小限で済む。また、自分のコミュりょく改善に期待を込めて選んだ職場でもある。

多くの人は知らないが、コールセンターの業務は、インバウンドとアウトバウンドの2つに分類される。インバウンドは、主に客からの電話を受ける仕事で、商品・サービスに関する問い合わせや相談に答えたり、商品の受注に対応したりする仕事だ。それに対してアウトバウンドでは、客へ電話をかけるのが主な仕事で、商品・サービスを紹介したり、商品を発注した客へのお礼の電話をかけたり、本人確認などの仕事をする。

転職して3か月、試用期間を無事にクリアし、正社員として働くことになった。コールセンターを実質的に取り仕切る課長が男性なのを除けば、社員はパートさんを含めて全員女性だ。しかし、主任を除けばアラフォーの既婚女性ばかりで、女性不信の俺には、職場の居心地は意外と快適だった。

主任の山田美鈴さんは俺より3つ年上で、研修期間中は俺の指導役として、コールセンターの業務をイチから教えてくれた。山田主任の指導は丁寧で、女性とのコミュニケ―ションが苦手な俺にも、根気強く接してくれた。その陰で、お客様対応の最低限のスキルは身につけることができた。しかし、時々現れるモンスタークレーマーには、付け焼刃のスキルでは太刀打ちできない。そんな時は、山田主任が対応を代わってくれた。

今日は運が悪いことに、モンスタークレーマーに当たってしまった。マニュアル通りに対応したつもりだったが、全く納得してくれず、「お前じゃダメだ。上司に代われ!」と電話越しに怒鳴られた。いつものように山田主任に代わってもらったが、今日は超級のモンスタークレーマーだったようで、山田主任でも手こずっているようだった。

結局、その後20分ほどかかって電話が終了した。さすがの山田主任も額に薄っすら汗をかいていた。「山田主任、ヘルプありがとうございました。しかし、山田主任でも解決できない場合があるんですね?」と思わず聞いてしまった。山田主任は「私だって万能じゃないわ。私も課長のようなはがねのメンタルが欲しいわ」と少しだけ微笑んだ。

俺はその笑顔に、長い間封印していた感情を呼び戻された。これが俺と嫁との馴れ初めだ。

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