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ショートSF#4 『ブレークダンス』

今日は地球の運命を左右する大事な会議だ。俺はその会議の中でも超重要な役割を担っている。俺は、オリンピックで金メダルを取ったことがあるブレーキンのチャンピオンだ。ブレーキンというのは、2024年のパリオリンピックから正式種目になった競技ブレークダンスのことだ。今ではその経歴が買われ、国連の職員として勤めている。

俺が国連に採用されたのは、ユニセフなどの活動でスポーツを普及させるためではなく、通訳のためだ。それも国連事務総長直属の通訳だ。俺は語学が得意な方だ。俺はブレーキンの大会のために世界中を飛び回っていたので、英語の日常会話には苦労しない。また、ラテンの国々にも行くことが多かったので、スペイン語もカタコトなら大丈夫だ。ただし、それが理由ではない。

今から10年前、謎の宇宙船がアンドロメダ星雲の方向から飛来してきた。多くの地球人はその出来事に驚愕きょうがくしたが、一部の地球人はその宇宙人とのコミュニケーションを図ろうと努力した。その宇宙人のことは今では”スペースブレーカー”と呼んでいるが、スペースブレーカーたちのコミュニケーション手段は、音声ではなかった。スペースブレーカーも太古の時代には、音声を使ったコミュニケーションを使っていたようだが、生物進化の過程で聴覚や声帯が退化したようだ。

彼らのコミュニケーションは、ブレーキンに似た”体話”によって行われる。地球人に判り易く言えば、”体全体を使った手話”のようなものだ。地球でもジェスチャーなどで意思を疎通するボディランゲージというものがあるが、彼らの言語はボディランゲージが全てだ。彼らスペースブレーカーは戦闘民族のようで、身体能力が極めて高く、身体能力の高さが彼らの地位の高さの根源だ。また、地球人の腕に当たる部位は左右に2本ずつあるのも特徴的だ。まだ、スペースブレーカーのことはよくわかっていないが、どうやら地球で例えると昆虫タイプの生物から進化した知的生命体らしい。

スペースブレーカーとのコミュニケーションは偶然の産物だった。宇宙から飛来した宇宙船は、地球上の通常兵器では破壊することができなかった。悠々と地上に着陸した宇宙船は、地球の状況を観測するためなのか、10日間ほど、ほとんど動きを見せずに最初の着陸場所に静止し続けた。最初は驚いていた周辺住民も、宇宙船からの攻撃が無いことを知ると、野次馬のように宇宙船の周囲を取り囲んでいった。中には、飲食の出店を始める連中までいて、さながら急遽始まった夏祭りの様相を呈していた。

このとき、近郊で開催されていたブレーキンの大会の選手たちが、怖いもの見たさに集まってきた。最初は恐る恐る近づいたが、何の反応もないことを知ると、宇宙船見学にも飽きてきた。退屈しのぎに選手たちがブレークダンスを始めると、宇宙船のハッチが開き、中からブレークダンスを踊る宇宙人が出てきた。そう、これが後に伝説として語られることになる『ファースト・ブレーキン』だ。

もちろん最初は、コミュニケーションが出来なかったが、”なに?”という”体話”の発見によって、徐々にコミュニケ―ションが取れるようになった。いまでは彼らの持つ未知のテクノロジーを除けば、日常会話なら問題ないくらいのコミュニケーションが出来るようになった。ただし、この”対話”は誰にでもできるものではなく、高い身体能力と学習能力が無いと学べない。現在国連には、俺を含めて3名の”ブレーキン語”の通訳がいるが、俺が筆頭通訳だ。

今日はスペースブレーカーとの和平交渉の会議だ。本会議に先立つ予備交渉でわかったことは、アイスブレーカー達が移住可能な惑星を探していることだった。彼らスペースブレーカーは、地球での人類との共生を目指しているが、もし人類が地球環境に害をなす場合は、排除する覚悟であることも伝えられた。今日の本会議での重要な話し合いの通訳が俺なのだ。

まずは”トップロック”を使った軽快な挨拶から、交渉が始まった。スペースブレーカー側は宇宙船の責任者(全権大使)のようで、彼がブレーキン語を使った”体話”で交渉している。序盤は、双方の主張を表現し合う、ボクシングで言えばジャブの応酬だ。”フットワーク”や会話の区切りを示す”フリーズ”を挟みながら、双方の主張が繰り広げられた。スペースブレーカーは、地球人類がこれまで放置してきた地球温暖化の問題に言及してきた。彼らの主張は極端で、「地球にとって人類が最も環境に悪影響を及ぼしているのではないか?」という主張だった。

これに対して人類側は、「人類こそが文明を発達させ、地球環境を制御しつつある地球を代表する生物だ」と反論した。これを表現するためのブレーキン語は大変で、頭や体でクルクル回る”パワームーブ”を多用しなければならなかった。議論は平行線をたどり、早くも1時間を経過していた。スペースブレーカーの代表は、疲れることもなくブレーキン語で会話してくるが、俺は体力の限界が近づいている。しかし、人類のために交渉ダンスを止めることはできない。この交渉が決裂すれば、地球上から人類がいなくなるかもしれないのだ。

オリンピックの決勝の時にも緊張したが、今回の緊張はその時とは比べ物にならないレベルだ。少し動作を間違っただけで、相手を怒らせかねない”紛らわしいステップ”がいくつもあるのだ。体力がある時ならミスをしないが、今の状態だとかなり厳しい状況だ。先程も、危うく「馬鹿野郎!」と相手を罵倒する表現になりかけた。

さらに交渉は1時間続いて、手足の感覚がマヒしてきた。また、極度の緊張の連続で、頭もうまく回転しない。ここでは「もう一度考え直してくれないか?」とお願いするところだが、間違って「もう二度と話しかけるな!」という表現になってしまった。「しまった!」と思ったが、交渉は決裂した。スペースブレーカーの代表団は、宇宙船へと戻って行った。

その後、地球は環境変化の穏やかな、緑の惑星に変化した。もちろんそこに住んでいるのは・・・。

*題名は忘れましたが、筒井康隆先生の短編SFに、”指(間接)のポキポキ”で宇宙人と会話する話がありました。この短編小説は、筒井先生の作品のオマージュ(パクリ!?)です。

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