またスローターハウスが作られる

 2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻を開始した。
 戦争がはじまったので、戦争の話をしようと思う。
 まずは『宇宙戦艦ヤマト』(リメイクではなくオリジナル第一作)の話からはじめようと思う。
 一応簡単に説明しておくと(ご存じの方は読み飛ばしてください)、西暦2199年、ガミラス帝国からの侵略により滅亡に瀕した地球は、惑星イスカンダルのスターシャを名乗る女性からのメッセージを信じ、地球を救うことの出来る放射能除去装置を受け取るため、イスカンダル星に向かって、最後の宇宙戦艦であるヤマトを発進させる。地球滅亡までのタイムリミットはわずか一年。ここで強調しておきたいのは、ヤマトはガミラスを征伐に行ったわけではないし、自衛のためにガミラスの戦力を粉砕しに行ったのですらないということだ。
 しかし長旅の果て、たどり着いたイスカンダルは、何とガミラス本星の兄弟星。ここまでヤマト撃沈に失敗し続けたガミラスの総統デスラーは、ヤマトを強引にガミラス本星に引きずり込み、最終決戦に打って出る(もう一度強調しておくが、ヤマトが行きがけの駄賃に攻め込んだのではない)。死闘の果て、ヤマトが勝利。ガミラスは(一般市民も含めて)滅亡し、ヤマトのクルーたちは(正当防衛とはいえ)一つの星を滅ぼした、大量虐殺者になってしまう。
「俺たちがすべきことは戦いではなく、愛し合うことだったんだ! 勝利か……くそでもくらえ!」
 主人公・古代進は叫び、銃をへし折って投げ捨てるのであった。
 実はこのプロット、元ネタがある。『機動戦士ガンダム』の富野由悠季(当時のペンネームは富野喜幸)氏の初監督作品『海のトリトン』(手塚治虫原作のTVアニメ)である。
 かつて海の世界では、トリトン族とポセイドン族が覇権をかけて争っていたが、トリトン族は敗れ、赤子(主人公であるトリトン)一人が生き残った。成長したトリトンは、両親の形見であるオリハルコンの短剣を手に、ポセイドン族打倒の旅に出る。やがてトリトンと仲間たちの戦いを承けて、海の世界では反ポセイドンの革命が起こり、ついにトリトンはポセイドン族の本拠地に攻め込む。しかしそこでトリトンは、実はトリトン族こそがかつてポセイドン族を虐げていたという真実を知る。そして、身を守るためにオリハルコンの短剣に秘められた力を解放してしまう。
 トリトンは一族の復讐、そして海の世界の解放という大義の下、ポセイドンと戦っていたはずなのに、終わってみたら(意図せずではあるが)ポセイドン族を(やはり一般市民まで含めて)大虐殺してしまったのであった。しかも正義はポセイドンの側にこそあったのである。
 ちなみにこのTVアニメ『海のトリトン』は、手塚治虫の立ち上げた虫プロの制作であるが、プロデューサーの西崎義典が、虫プロ倒産後に自分のプロダクション(オフィス・アカデミー)を立ち上げて制作したのが先の『宇宙戦艦ヤマト』である。(プロットの考案者が富野氏か西崎氏かは不明だが)なるほど同じプロットなわけだ。
 実はここまでは前置き(長かった)。
「正義や平和のために戦っていたはずなのに、気がついたら一般市民まで大虐殺していた」
 というのは、人類の歴史に普遍的な現象であるが、現代においてそれを最初に言語化したのがカート・ヴォネガット・Jr(後にカート・ヴォネガットに改名)の『スローターハウス5』なのではないかと思う。日本では「村上春樹が影響を受けた作家」くらいにしか知られていないヴォネガットであるが、SF界の巨人なので、是非読んでみて欲しい。
『スローターハウス5』は、トラファルマドール星人に誘拐され、時間を非連続的に体験するようになってしまった主人公の物語なのだが、同時に作者の自伝的な物語でもある。
 ヴォネガットは自身の戦争(第二次世界大戦)体験について、エッセイでこう語っている(大意)。
「(アメリカ人なので)海の向こうでヒトラーがユダヤ人にひどいことをしていると聞いたが、だいぶ盛った話だと思っていた。実際に(兵士として)行って、収容所を開放してみたら、話よりもはるかにひどいことになっていた。やがて自分はドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの捕虜収容所で助けを待っていたら、アメリカ軍の爆弾が降ってきてドレスデンの街を焼き尽くした。捕虜収容所も焼けて、友達が大勢死んだ」
 ちなみにヴォネガットの入っていた収容所は、屠畜場の地下にあったので、ドイツ兵たちは「スローターハウス5」(第五屠畜場)と呼んでおり、これがタイトルの由来である。
 ガミラスは母星が滅びかけていたから地球に(原住民を虐殺して)移住しようとしていただけだし、ヤマトは何とかイスカンダルにたどり着くために最小限(とは言えない時も多かった気もする)の武力行使をしていただけだけ。
 ポセイドンはトリトン族の支配を打倒しただけだし(一応、その後の海の世界を強権的に支配していたことになってはいるが、具体的な描写には乏しい)、トリトンは一族の仇を討って、海の世界を解放したかっただけ。
 ヒトラーだって(もちろん手段は決定的に間違っているが)ドイツ民族の永遠の繁栄を望んだだけだし、ましてやアメリカは同胞(捕虜の兵士たち)の上に爆弾の雨を降らせたかったわけではない。
 わかっていることはただ一つ。
 はじまってしまったら、戦争はコントロールできない。

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