インタビュー 村上浩康映画監督「映像世界の追体験こそ、映画創りの核」(3)

神奈川県の中津川で動植物の保護と研究に取り組む二人の老人を追った「流 ながれ」、岩手県盛岡市・高松の池に集まる人々たちを描いた「無名碑 MONUMENT」など、独自の視点で切り込んだドキュメンタリー作を世に放ってきた村上浩康監督。映画をこよなく愛し、ドキュメンタリー映像作家として我が道を行く村上監督の自身の作品や映画作りへの思いを語ってもらった。

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高松の池の繋がる奇跡をとらえた映画「無名碑 MONUMENT」

村上浩康監督作品 映画「無名碑 MONUMENT」
公式サイト:http://mumeihi.com/

――続いて、映画「無名碑 MONUMENT」についてもお聞きしたいと思います。こちらを撮ることになった経緯は?

村上:実は、あの作品もちょっと変わった生まれ方をしているんです。盛岡に高松の池というのがありまして、そこを舞台にした「盛岡たかまつ手づくり映画祭」という地元の人が自分たちで映画を撮って上映するイベントがあるんです。

 高松の池の近くにある「カフェ カムオン」というお店に映画好きの人たちが集まっていて、高松の池という景色のいい名所があるので、ここを舞台にした映画を作って上映しようという趣旨で、基本的には地元のプロではないアマチュアの人たちが作って上映するイベントですが、実行委員長の小田中さんが僕の学生時代の映画サークルにいたときの友人だったんです。それで、僕も第一回目の上映会は行ってみて、とても面白い試みの上映会だと思っていたんですが、彼から「村上も映画撮っているなら、高松の池撮れよ」という話がありました。

 僕の信条として、「誰かに頼まれたら、それにのる」というのがあります。あまり自主性がない人間なんです(笑)。自分一人では何もできない人間なので、誰かにやらないかと誘われたらのっかるっていう、そうやって生きてきたので、このときも、「ああ、いいよ。撮るよ」と何も考えないで二つ返事で引き受けました。

 とはいえ、高松の池のことは何も知らないので、小田中さんに相談したら、高松の池は何千本も桜が植えてあるお花見の名所で、シーズンには県外から何人もやってくる、一番きれいなその時期に撮ったほうがいいといわれた。なので、4月に撮ろうと、3月くらいに一度下見に行ったんです。

 3月に訪れた盛岡は大雪で、池はほぼ凍っていて、凍っていないところに何十、何百羽の白鳥がいて、「ここでお花見なんかできるのか」っていう想像もできない銀世界。しかし、池を一周したら、いろんな銅像や記念碑があちこちにあって、しかもなぜか戦争に関する碑や銅像が多く、「これを題材に撮れるかな」と漠然と考えたのがロケハンのときでした。

 そして、ロケハンから帰ってきて、実際どう撮るかいろいろ考えたんですが、全然浮かばないんですよ。そもそも高松の池について詳しくもないし、毎日通えるわけでもない。ならば、いっそ開き直って、池について知っている人に話を聞いて映画を撮ろうと思いました。それで、お花見のときに池にやってくるその人たちに片っ端から声をかけて、「あなたが高松の池について知っていることや思い出があったら聞かせてください」と突撃取材をして、できたのが映画「無名碑 MONUMENT」なんです。

 撮影期間は10日間。これは、ちょうど桜が咲いて散るまでの期間なんです。この間、ずっと朝から晩までほぼ池に張りついて、やってくる人の話を聞いたり、起こることを撮ったり、池にいる生き物を撮ったり、とにかく池で起こっている現象をすべてとらえようと撮り続けたんです。

 そうすると、だんだん感覚が冴えてきて、心も開いてくる。最初は知らない人に声をかけるのも躊躇があったんですが、全然躊躇せず、銅像を見ている人にカメラを向けて「すみません、何を見てるんですか?」と突撃取材できるようになり、すると、みなさんも盛岡の気質なのか、お花見っていう華やかな雰囲気の中で心を開いてくれるのかわかりませんが、意外と応じてくれましたね。

真夜中の3時・シベリア抑留体験を語る老人との出会い

――映画には高松の池にやってくるさまざまな方が登場していますが、「月の石・火星の石展示館」の館長さんや、シベリアにいたことのある91歳のおじいさんの伊藤さんなどは、みな突撃取材で出会ったんですか?

村上:館長さんについては、まずあそこに行ってみたときに僕が一番惹かれたのが、池のほとりにあった「月の石・火星の石展示館」だった。あやしいので(笑)、なんなんだろうと思って。実際に行ってみて、館長にお会いしたら面白かったので、この人はぜひ作品の中で話をきちんと聞いてみようと決めていました。

「月の石・火星の石展示館」館長

 シベリア抑留の体験を語った伊藤さんとは、高松の池で真夜中の午前3時に出会いました。

 ちょうど、その日、僕は池の夜明けを撮ろうと思って、暗いうちからカメラを構えていたんです。そしたら、遠くから村田英雄の「王将」を歌う声が聞こえきた。真っ暗な中でだんだん歌声が近づいてきて、「なんだ、これ怖いな」と思っていたら、おじいさんがやってきて、僕がカメラを構えている真横に来た。すごく広い池なのに、なぜか私の真横に来て(笑)、体操を始めるんですよ。「やばいな、徘徊老人かな」と思って、最初のうちは警戒して近づきませんでした。

 あとから考えたら、逆なんですよね。そこは、伊藤さんが毎日体操をする定位置だったんですよ。その場所に僕が知らないでお邪魔していたっていうだけで、むしろ、僕のほうが伊藤さんからしたら「なんだ、こいつは」って思うはずなのに、僕なんかまったく無視して「1、2」と歌いながら体操をしていた。そのときの僕は内心「早く行ってくれねえかなあ」と思ってたんですが、そしたら、伊藤さんが何にも聞いていないのに、立ち去り際に「ああ、俺、シベリアにいたんだよな」とぼそっと口にしたんです。

シベリア抑留されていたという伊藤さん

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田下啓子

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