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森の中でゆるふわ検索

🌲検索アルゴリズムは人工ニューラルネットワークだけのもの?

 現在の"AI"を押しすすめてきた人工ニューラルネットワークは、その名の通り、人間の脳の神経構造を模した仕組みになっています。
 GPTシリーズなどで話題のLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)も、自然言語処理の分野で用いられる人工ニューラルネットワークがベースとなっています。

 これらの技術によって「画像、動画、音声、テキスト」といった、すでにインターネットに載せられているものについては、「画像、動画、音声、テキスト」からある程度検索することができます。 
 また、実在しないものについても、プロンプトのように言葉を組み合わせることで画像として立ち現すこともできるようになってきました。

 では、「雰囲気」や「体調」や「気分」などの、言語化ができないもっとゆるくてふわふわしたものの検索も、いつかできるようになるのでしょうか?
 そのときにはニューラルネットワークのように、脳の神経構造を模した仕組みだけが正解になるのでしょうか?

🌱植物を計算資源化した世界を描いた小説 『コルヌトピア』

 『コルヌトピア』という2084年を舞台にしたSF小説があります。
 植物を情報を処理するための計算資源にした未来の東京が舞台の作品で、フロラ*と呼ばれる資源化された植生が、都市のインフラとして設計されており、東京23区が環状緑地帯で覆われた巨大なコンピュータと化している設定です。

 作中には、植物工場の野菜が自身の栄養価や収穫時期の計算をしたり、離れた場所の環境や人間の状況を「検索」するなどの描写が出てきます。

 エレベーターの天井から吊り下げられたフロラに接続し、社内の動向を窺う。今朝はいつもより感覚に飛び(グリッチ)が入っている。プチプチと触覚的なノイズが混じり、煩わしい。
 グリッチを無視して社内を探ってみると、早朝から走り回っているのは、フロラの電力システムを担当する部署、それから、—

『コルヌトピア』

 では実際に、植物で「検索」をすることは可能なのでしょうか?


🌿植物の多様なセンサや記憶力

 植物は、光、温度、水分、重力、圧力、化学物質、磁場、音波や振動などに対するセンサを持っており、さまざまな反応を起こすことが知られています。

 たとえば"動く”植物がいます。
 誰しもがこどもの頃につついたことのある植物オジギソウ。指でつっつくと葉をしゅっと閉じてしまう植物です。なぜこのような動きができるようになったのでしょうか?
 オジギソウの天敵は葉を食べる虫です。虫に食べられるなどして傷ついたことを葉のセンサで感知し、危険信号としてCa2+・電気シグナルを出して全身の葉の運動機関に伝えることで、高速に自身の葉を動かして虫からの攻撃を防御をするようになったようです。

 また、ある種の”記憶力”があることもわかってきています。
 植物神経生物学*の創始者ステファノ・マンクーゾの『植物は〈未来〉を知っている』によると、一定の刺激を受けつづけたオジギソウが刺激に慣れて反応しなくなりますが、その”記憶力”は40日以上保たれたそうです

*Plant Neurobiology:植物神経生物学は植物と動物の構造の違いから学問分野として適当ではないとする考え方もあります。


🍄共生によるネットワークと計算能力

 植物同士でやりとりが行なわれていることもわかってきました。
 植物の根は、菌根菌という共生している菌糸のネットワーク(wood-wide web*)を介して、周囲の木々と栄養や外敵についての情報を共有しているという説があります。
 また、蜜や果実や散歩の恩恵にあずかって移動し、花粉や種子や糞をばらまく昆虫や鳥や私たち哺乳類も、無意識のうちに植物によって情報を媒介するネットワークの一部にされています。

*wood-wide webに対しては、エビデンスが十分でないというNature Asiaの記事もあります。

 菌糸の"計算能力"に関しても、こんな実験があります。
 菌根菌とは異なる菌の仲間ではありますが、森林の湿った土中にいる変形菌の一種モジホコリが、光を苦手とする性質を利用して、光刺激の条件を変えたとこと、刺激の少ないルート選ぶようになったというものです。
 これにより、複数都市を回る最短ルートを選ぶ巡回セールスマン問題(TSP: Traveling Salesman Problem)を解くことができたそうです。

 その他にも、脳を持たない植物の構造は、動物と比べると分散的になっており、切り取られた枝からも根を張る挿木や、他の生体にくっついて生きていく接木によっても増えることができます。その場の反応で生きているとも言えますが、中央集権ではないために堅牢なシステムであるとも言えそうです。
 また、AIの膨大なエネルギーの消費が、近い将来、人やその他の生物と地球上の資源をめぐって対立することが心配されていますが、光合成で直接太陽光からエネルギーを得られる植物であればこの問題も解決しそうです。

🌳植物コンピュータで検索ができるようになったら?

 さまざまなセンサを持ち、ある程度の記憶を保持でき、分散的な構造で、計算能力のあるネットワークで周囲と緩やかに繋がっており、電力の心配もない植物。

 現実に計算資源として活用できるようになった場合、複数のセンサからの入力によって「雰囲気」や「体調」や「気分」といったゆるくてふわふわしたものを感じとり、ゆるくてふわふわしたもののまま伝達し、「雰囲気」や「体調」や「気分」に合った場所や食べ物を検索することができるようになるかもしれません。

 どのように人間が結果を受け取るのか、速度が非常に遅いという課題をどのように解決するのかなど、植物コンピュータが現時点で実現されるかどうかは全くの未知数です。

 それでも数十年後に「目的がある言語化された世界の検索はニューラルネットワークで」「そうではない探索は森林ネットワークで」という世界になった場合に、受け取る側のインターフェースはどんな風になっているのか?向いている使い方はどういったものなのか?を想像してみることは、未来への練習になって、とてもたのしそうです。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『検索』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。この記事の執筆者は、Dentsu Lab Tokyoの なかのかな です。

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