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「反脆弱性」講座 18 「さあ、脆いもの、脆いシステムを見つけよう!」

本講座では、脆いものの見分け方を検討していきます。

まず、「脆いものは、衝撃の強さが増すに従って、被害の増す度合いは大きくなっていく(一定限度まで)」という法則を紹介しましょう。

人間の体は石に対して脆いから、誰かの頭に5キロの石を落とせば、0.5キロの石を落とす10倍以上の被害が出ます。車も脆いので、時速80キロで壁に激突する被害は、時速8キロで10回激突するより大きいのです。また、10メートルの高さから飛び降りれば、1メートルの高さから飛び降りる場合の10倍以上の被害が出ます。

たとえば、最初の石の場合、縦軸に被害の大きさ、横軸に石の大きさを取ってグラフを描けば、(石の大きさが大きくなる割合以上に被害が大きくなるので)グラフは直線でなく曲線になります。これらの場合、衝撃が強くなったときに増える被害の方が、衝撃が弱くなったときに増える利益とより大きくなるわけです。つまり衝撃の大方向、小方向が「非対称」になります。また同時に、衝撃の大きさに対して被害は同じ割合でない「非直線形」となります。

逆に考えてみましょう。たとえば、10メートルから飛び降りたときの衝撃の1万分の1の衝撃が、1ミリメートル落ちた時に毎回かかってくるとすると、その人は累積的な衝撃でとっくに死んでいるはずです。磁気のカップも同じで、壊れるだけの衝撃の何万分の1かの衝撃を何百万回受けても壊れることはありません。

つまり、私たちは、あるいは周りの多くのものは、ごく小さな変化や衝撃の累積的な影響に左右されないことになります。従い、小さな変化や衝撃がもたらす影響は、大きな変化や衝撃がもたらす影響よりも、不釣り合いに(非直線形的に)小さいということになります。

さらに、法則化すると次のようになります。「脆いものとは、極端な事象によって受ける害の方が、中規模な事象の繰り返しによって受ける害より大きいものである。そして、脆いのはそういうものだけである

一方で反脆いものについての法則は次のようになります。「反脆いものについていえば、衝撃の強さが増すにしたがって、利益の増す(害の減る)度合いは大きくなっていく(一定限度まで)」

非直線形性は2種類あります。石のケースのような凹な(内側に湾曲した)非直線形性と、その逆で凸な(外側に湾曲した)非直線形性です。

一定の変化に対して、ダウンサイド(潜在的損失)よりアップサイド(潜在的利得)が大きい場合、凸となります。その逆は凹となります。また凹効果もマイナスをつけると凸効果のグラフに変わります。

従い、用語を統一するために、どちらも凸効果と呼び、「正の凸効果」(アップサイドが大きい)と「負の凸効果」(ダウンサイドが大きい)というように使い分けます。

交通はとても非直線形です。たとえば、大都市では自動車の台数が10%増えると、所要時間は50%増えたりします。また、ヨーロッパの空港などは、最大容量ぎりぎりで運営されていて、冗長性や遊休施設がほとんどありません。ですから、遅延などで飛行機の混雑が少しでも増すと、空港は大混乱となります。

これらの例は、現代の世界が抱える重大な問題を示唆しています。「効率的」で「最適化」されたシステムの構築にかかわっている人たちは、このような非直線形的な反応について誤解しているのです。

P・W・アンダーソンの「他は異なり(More is different)」にて、部分を足し合わせた結果が非直線形になることを示しています。「和」が部分とはどんどん異なるものになっていくのです。

都市は大きな村ではないし、国も大きな村ではありません。また、大企業も大きな中小企業とは異なります。これらはどれも、非直線形の実例です。

小さいものと大きいものを比べてみましょう。巨大空港はさまざまなトラブルで飛行機の遅延や欠航が毎日生じています。

また、ゾウをペットとして飼った場合、間違いなく規模が負担となります。もし水不足になったら、ゾウのために、どんなに高くても大量の水を買うしかありません。これは明らかに脆さです。規模が大きくなったことによる負の凸効果です。

ビジネススクールでは、「規模の経済性」について教わりますが、ストレスがかかると規模はかえってあだになるケースが多いのです。統計的に見ても、企業の合併にはあまり効果が見られません。規模の経済性の理論に従えば、より「効率的に」なるはずですが、実際は規模は企業にとって有害な側面があうようです。

2008年ソシエテ・ジェネラル銀行の従業員ケルビエルが隠ぺいした取引で、銀行はこの隠ぺいされていた700億ドルの株式を市場で大急ぎで売るはめとなり、60億ドルの損失を蒙りました。ここにも規模がもたらす脆さがあります。もし700億ドルでなく、70億ドルずつ10の銀行で株式をランダムに売ったとすると、市場がパニックを起こさず吸収できる範囲なので、合計でもほとんど損失は出なかったと思われます。

同様に、プロジェクトも規模の規模が増加すればするほど、遅延のコストや予算の超過額が非直線形的に著しく増加していく傾向があります。また巨大な映画館や劇場なども規模に対して脆いと言えます。火事になった場合などは大きな被害が出かねません。平常時にはスムーズに機能していても、負担がかかるとたちどころに機能しなくなります。

プロジェクトは、不確実性が加わると、たいていコストは増加して、完了までの工期は伸びてしまいます。これは、リスクを過小評価し、世界のランダムな構造を軽視する心理的なバイアス、つまり「自信過剰」のバイアスで見積もりが楽観的すぎるからでしょうか。

1世紀半前には、エンパイヤ・ステート・ビルやロンドンの水晶宮などの大規模プロジェクトはみな予定通り完成していました。

当時は、コンピューターもなく、部品は近くで製造され、サプライチェーンも一握りの企業しかかかわっていませんでした。つまり当時の経済は今よりずっと直線形的でシンプルだったのです。比較すると、今日の世界の方が、非直線形性、非対称性、凸性が大きいのです。

現代は、複雑性、部品同士の相互依存性、グローバル化、そして人々に強いる「効率化」のせいで、必然的にブラック・スワンの影響は増しています。そして、プロジェクトの鎖全体の中でいちばん弱いつなぎ目が、そのプロジェクトの強度ということになります(急激な負の凸効果)。

このように、プロジェクトの予算や工期のかい離は、負の凸効果が主犯であり、直接の原因です。従いこれは、心理的問題ではなく、プロジェクトの非直線形的な構造に本質的に潜んでいる問題なのです。

経済の効率化に従って、脆さがもたらすコストはどんどん増え続けています。また、グローバル化にともない、文化の伝搬も地球規模となりました。世界中みんな同じ活動をし始めています(ハリーポッターを読み、フェイスブックに参加、など)。また同じものを買います。まさに、世界は出口の小さい巨大な映画館のようになり、何かあったときに同じドアに突進するのです。

世界はますます複雑性、効率化は進み、予測が難しくなっています。また同時にブラック・スワンの影響は、非直線的にますます拡大しているのです。