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【論文】結局なぜ自主性は大事なのか?

※この記事は以前に別媒体(研究ホームページ)に投稿し、好評だったためNoteに移行しました。


「自主性が大事」とはよくいうが、その理由って何だろうか。

単によい成果を挙げるだけが目的なら自主性なんてなくてもいいんじゃないのか。

と正直思う。

例えば、受験生A君は自分で勉強法や教材を考えた上で選択して受験を終えたとする。

一方、受験生B君はカリスマ講師から完璧な受験勉強プランを組んでもらって、完璧な勉強法を教わり、完璧な参考書を適切なタイミングでこなしたとする。

この状況でもA君の方が良い結果を残すのだろうか、と言われたら答えに窮する。

この疑問に脳研究の見地から答えを出した論文が興味深かったのでシェア。

かなり示唆に富む内容だった。

実験内容

その論文は、日本の玉川大学のグループによって2015年にCerebral Cortex誌に報告された[1]。

余談だがCerebral Cortex誌は神経科学の専門誌の中でもハイレベルなジャーナルの一つであり、重厚で信頼のおける論文が多い印象がある。

これは期待できそう。

この研究の目的は

  1. 自主性があると認知課題の成績が上がるか?

  2. だとしたらその脳メカニズムは何か?

を明らかにすることだ。

目的を言われても抽象的でイメージが湧かないかもしれない。

具体的な実験内容を簡単に紹介しよう。

彼らは35名の大学生を集め、ある認知課題を2つの条件のもとでおこなってもらった。

ある認知課題とは「ストップウォッチを5秒ぴったりで止める」という非常にシンプルなもの。

学校とかで友達とやった人も多いだろう。そんな課題で何か違いがわかるのか?というぐらい単純な課題である。

そして2つの条件とは、

  • 自主的条件:2つのストップウォッチのうちどちらを使うかを自分で選ぶ

  • 強制的条件:2つのストップウォッチを見せられるが、どちらを使うかは強制的に決められる

の2つである。

とてもシンプルな実験設計だ。

各条件で数十回程度ずつストップウォッチ課題を行った。そしてこれは後で大事になってくるのだが、一回ごとにストップウォッチの正確性がフィードバックされる。つまり、うまくいったかどうかが毎回確認できるようになっている。

要するに研究グループの仮説は「自主的条件のときにはストップウォッチ課題の正確性が上がるのではないか」というものだ。

単純すぎて、いやそんなことあるか?という感じ。

その際の脳活動をfMRIという高性能な脳スキャナーで計測した。

認知課題の結果

結果はどうだったか。

驚いたことに、自分でどちらのストップウォッチを使うかを選んだグループの方が、ストップウォッチを正確に5秒で止めることができた

これだけシンプルな課題なのにもかかわらずである。

一応統計的なデータを簡単に載せておくと、30名の対応ありt検定でt = 2.49、p = 0.018となっておりそれなりに明確な差が出ているといってよさそう。

この結果の何がすごいか?

それは、自分でどの道具を使うかを選ぶという非常に単純なことだけで、勉強の効率が高まるという可能性を明確に示したことだと思う。

例えば、勉強でどのペンを使うか自分で決めるだけで、これからの勉強の効率が向上するかもしれない。

これは恐ろしい結果で、例えば教師や親が、生徒や子供のためを思ってあれこれ使うものを選んであげると、むしろその子の認知機能が下がってしまうことを暗に意味している。

実際、自分がこれまでに塾講師でやってきた行為が生徒に悪影響を与えていた可能性があると知り怖くなる。

これって現代の教育や研修制度やいろいろなものを180度転換させうるほどの研究じゃないか?

要するにここまででいえることは、自主性はやっぱり大事、ということだろう。

しかしなぜそんなことが起こるのだろうか?

脳メカニズムの検討

この「なぜ」にアプローチできるのが脳科学のおもしろいところだ。

使うストップウォッチを自分で選んだときと、他人が選んだときで脳活動はどう違ったか?

論文ではいくつかの脳領域について言及されているが、ここでは一領域の話に絞ることにする。

ACCという脳領域

その一領域とはACCと呼ばれる脳領域だ。

ACCはAnterior Cingulate Cortexの略。日本語では前帯状皮質である。

わからない人はうっとなるような専門用語かもしれない。

簡単にACCについて説明していこう。

ACCは脳の前方、つまり前頭葉の一部だ。

その前頭葉の中でもちょっと奥まったところに位置し、「本能の脳である大脳基底核」と「理性の脳である前頭葉」のあいだ辺りにある。

要は本能と理性をうまい具合に制御するのに都合が良い場所にあり、その役割は「様々な認知制御」「エラー処理」「不安の処理」「認知的葛藤の処理」など多岐にわたる。

いろいろあって分かりづらいが、ここで着目したいのは「エラー処理」である。

ACCはエラーを処理する、つまり失敗したときに活動する[2]。

それにより脳の学習系が活動を高め失敗からの学習を可能にすると考えられる[3]。

要は、ミスをするとACCが活動し、それが脳の活動性を高め失敗からの学習を促進するのだろう。

失敗は成功のもとというが、それを実現するのはACCなのかもしれない。

ACCの役割について説明したところで、研究の結果の話に戻ろう。

自分で選ぶとACCが活動する

研究では、自分でストップウォッチを選んだときと、強制的にストップウォッチを決められたときの脳活動を比較した。

その結果わかったことは、自分でストップウォッチを選んだときACCの活動性が明確に高まっていたということだった。

逆に言えば、強制的に使うストップウォッチを決められるとACCの活動が下がっていたともいえる。

著作権の関係上載せられないが、論文の図3Aをみればその差は明らかだ。

この結果から、なぜ自分で選ぶだけでストップウォッチ課題のスコアが上がるのかということが推察できる。

つまり

  1. 自分で選ぶという行為は(理由は謎だが)ACCの活動を高める

  2. それによって、失敗したときに学習が促進される

  3. ストップウォッチ課題のスコアが上がる

といった流れで、自分で選ぶとストップウォッチ課題のスコアが上がったと考えられる。

重要なのは、この課題では一回の試行ごとにうまくいったか、うまくいかなかったかをフィードバックされるということだ。うまくいかなかったときに、おそらくACCが活動し学習が促進されるのだろう。

正直、この結果をみたときはかなり驚いた。

脳活動なんてそう簡単に変わらないものだと思っていたからだ。

でも実際には、使うストップウォッチを選ぶか、選べないか、というどうでも良いぐらい些細な違いだけで、ACCの活動性に明らかに差が出る。

私たちが他者と接するときのわずかな言葉遣いの違いや接し方の違いで、相手の脳活動はまるで変わってくるのかもしれない。

ちょっと強制的な言葉遣いをしただけで相手の学習効率がまるで下がってしまうのかもしれない。

改めて考えてみると、他人に強制されて勉強する、という現在の教育のあり方は、ACCの活動を低下させ学習効率を低下させている可能性があり不安になる。

研究の妥当性

ここまで、一つの論文の結果に基づいて「自主性の重要性とそのメカニズム」について考えてきた。

しかし、この論文の結果は信用できるのだろうか。

査読された論文だからといって必ず信頼できるという保証はなく、常に疑ってかかるべきだ。

そこで類似の研究を調査したところ以下のような論文が見つかった。

まず2008年のPsychological Bulletin誌に報告されたメタ分析[4]では、41の研究を精査し「自主選択すると認知機能が高まる」ことを確認している。

より具体的には、モチベーション・努力量・課題のスコア・自己肯定感などが統計的に有意に向上することを裏付けた。

メタ分析は、複数の論文をまとめて解析するという性質上、あらゆる研究の中でも最も信頼のおける研究手法といえるため、自主選択の重要性に疑念はないといえそうだ。

そして脳活動についての研究でも、例えば2012年にJournal of Personality and Social Psychology誌に報告された研究[5]で、自分で行う認知課題を選んだ場合、強制的に決められた場合に比べACC由来の脳波が有意に大きくなることが示されている。

そのため、自主的に選択するとACCの活動が高まることもおそらく確かなものだろう。こちらの論文もとてもおもしろいので興味のある人はぜひ読んで欲しい。

まとめ:結局なぜ自主性は大事なのか?

簡単に紹介した研究の内容をおさらいしておくと、自分で選ぶという行為だけでACCの活動性が高まり、学習効率が上がるというものだった。

もし、みなさんが勉強や仕事に取り組むことがあるなら、何をいつどのように行うかを自分で選ぶだけで、その学習効率やモチベーションは高まる。

逆に、誰かに言われて勉強や仕事に取り組むと逆効果になりうる。

誰かに何かアドバイスをされたり、宿題を出されたとしても、やらされてる感を持つのではなく最終的には自分で決定した感覚を持つことは良いテクニックになるかもしれない。

そして特に強く言いたいのは教員・講師・先輩など教育に携わる人のありかたの重要性についてだ。

上に立つものというのは、(自分にとっての)最適解を知っているが故に、そのやりかたを生徒や部下や後輩に強制してしまいがちだ。

善意で「こうすればうまくいくからこれをやればいいよ」といってしまう。

しかし、この発言をしてしまった時点で生徒や部下、後輩のモチベーションや学習効率が下がっている可能性があることを認識するべきだと思う。

生徒・部下・後輩との接し方はおそらく私たちが思っている以上にナイーブなものだ。

実際、家庭教師や個別指導塾で7年ほど教育に携わってきた経験上、強制する教育はまったくうまくいかなかった。

ここ1年ほどでこのやり方を見直し、生徒の自己決定感を重視した結果、目に見えるほど生徒のモチベーションや学習の速度が上がった。

これだけ書くと急に胡散臭くなる気がするが、いずれにしても2020年は自主性の重要性を痛感した一年だった。

これについてはいずれ詳しく書くが、教育に携わる人は、生徒や部下の自己決定を尊重するべきで、アドバイスは最小限に留めるべきだと強く思う。

失敗をしないようにという善意でアドバイスしがちだが、むしろ失敗はするべきで、失敗から自分で学ぶサイクルを回せるようになることの方が大事だ。

というわけで、最初の問い、

例えば、受験生A君は自分で勉強法や教材を考えた上で選択して受験を終えたとする。一方、受験生B君はカリスマ講師から完璧な受験勉強プランを組んでもらって、完璧な勉強法を教わり、完璧な参考書を適切なタイミングでこなしたとする。この状況でもA君の方が良い結果を残すのだろうか、と言われたら答えに窮する。

前文

に対する答えは、やはりA君の方が良い結果を残すだろう、ということになる。


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