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『麻薬王』:チョ・ジョンソクの「眼差し」の芝居。

韓国の俳優をボクが素晴らしいな!と思うのは、リアルな映画でも笑えるディテールをどんどんぶっこんでくるところなんですよね。

俳優がリアル風に演技しようとすると、ついつい暗くなっちゃったり、内向的になったり、とにかくエネルギー値が低くなったりしがちじゃないですか。
ところが『麻薬王』とか『パラサイト 半地下の家族』とか最近の韓国映画の俳優はその真逆・・・超リアルでなのに超パワフルで、コミュニケーションの押し引きがスリリング。で、笑えるくらいリアルなディテールに溢れているんですよね。

リアルなディテールが笑える・・・つまりそれって俳優たちが「リアル」の中に「おもしろ」を見い出して演じているってことで・・・これって現代的なリアルを演じるにあたって非常に大切な要素だと思うのです。

…てなわけで、前回の『麻薬王』でのソン・ガンホの演技の解説に続いて、今回は『麻薬王』のエリート検事キム・イングを演じるチョ・ジョンソクの、リアル&おもしろディテールに溢れた演技について解説してゆきたいと思います。

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エリート検事には世界がどんな風に見えているのか?

アメリカのFBIの捜査法を学んできたエリート検事・・・これをチョ・ジョンソクは飄々とユーモラスに演じています。

でもこの役って、普通に考えたらもっとエリートっぽい冷たいキャラで演じたりしそうなもんじゃないですか。でクライマックスには血の涙を流しながら絶叫しながらソン・ガンホと対決したりしそうなもんじゃないですか。 でもそういういかにもな定番の芝居はこの『麻薬王』には出てこないんです。 俳優チョ・ジョンソクが一貫して演じているのは「キム検事には世界がどう見えているか?」という眼差しです。

キム検事は「当時最先端だったアメリカ人の視点をFBIで手に入れてしまった若き韓国人」の目で、韓国という国や韓国の警察を見ています。・・・「全くしょうがないなー」という愛情にあふれた瞳で。

なのでキム検事はじつは誰のことも信用はしてないんですが、敵味方関係なく誰に対しても愛情深い瞳で見ているんですね。・・・これってすごく温かみのある面白い役作りだと思うんですよ。

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たとえば麻薬王イ・ドゥサムと取調室で一騎討ちのシーンでも、キム検事はじつに飄々としています。

面白かったのは、滅多に自分の思いを喋らないキム検事が「私はあなた(イ・ドゥサム)や取り巻きの暴力団員より、賄賂を受け取る公務員たちの方が許しがたい。」という彼の動機に関わるセリフをさらっと演じたことです。
これって彼の思いを語る唯一の台詞なので、俳優としては熱く語りたくなるところだと思うんですよね。ところが彼はそうしなかった。・・・なぜか・・・それはキム検事がイ・ドゥサムを完全に小物として見ているからです。彼は麻薬王イ・ドゥサムですら、この国に対する自分の思いは理解できないだろうと思っているのです。

だからこの取り調べのシーンも、次の車に乗り込むシーンも、キム検事はイ・ドゥサムに対してまるで大人が子供を諭すような・・・まるで生活指導の先生が不良の生徒に対してするような態度で接してるんですよねw。 クライマックスの銃撃戦のシーンもそうで、真剣ではあるけど対等には戦っていないんです。

チョ・ジョンソクはインタビュー記事によると「こう演じよう」とか意図的に決めこまないで、脚本と状況に導かれて芝居をするのだそうです。
そう、チョ・ジョンソクは脚本を徹底的に読み込んで、人物を徹底的に分析した上で、「キム検事にはどう感じるか」に対しての反応を自然に演じ続けている・・・彼の芝居ってただそれだけなんですよね。それによって彼が演じる人物は魅力的に仕上がってゆくのです。

彼は最近では『賢い医師生活』や『EXIT イグジット』の大ヒットで大人気ですが、安易によくある定番の役作りをぜず、ホント誠実で面白い視点から役作りをする俳優さんだと思います。

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余談ですが、この映画『麻薬王』って『ゴッドファーザー』や『スカーフェイス』との関連で語られることが多いんですよね・・・でもボク的にはこの映画はむしろトム・クルーズ主演の『バリー・シール/アメリカをはめた男』を強く意識してるんじゃないかと思うんですよ。

だって『麻薬王』の冒頭からディスコの名曲「スカイハイ」をガンガン鳴らしながら70年代当時の記録映像で韓国を見せる演出って、『バリー・シール/アメリカをはめた男』冒頭のディスコ「運命'76」をガンガン鳴らしながら70年代当時の記録映像でアメリカを見せてゆく演出と完全に一致してますからね(笑)。

つまり『麻薬王』はトム・クルーズ映画みたいな楽しいエンタメ映画なんです。 ウ・ミンホ監督はこの映画を「70年代を生き抜いた人間たちの冒険映画だ」と紹介しています。

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そんな魅力的な人物描写満載の『麻薬王』は、じつは韓国での興行収入はイマイチだったらしく(苦笑)。それを反省したのかウ・ミンホ監督は次回作『KCIA 南山の部長たち』をシンプルな復讐モノにして、大ヒットさせたんですよね。
いや〜『KCIA〜』。確かにすごく面白かったんだけど・・・演技的には定番気味というか・・・『麻薬王』の方がフレッシュだったなあ(笑)。

ボクはこの『麻薬王』でソン・ガンホやチョ・ジョンソクが演じてみせた「超リアルなのに超パワフル、で笑えるディテール満載の演技」の芝居がもっと見たいんです。・・・日本の映画でももっとこういう演技見れたら最高なんだけどなあ。

小林でび <でびノート☆彡>


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