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2005年7月、つくばで芽吹いた緑

はじめに

2018年12月に地元札幌で参加した「スポーツビジネスサミット」。ホールの中で、参加者が演者に注目し、そこから学びを得ようとする場所。スポーツに触れる触れ方として、自分がプレイを愉しむ、誰かのプレイを見るということはあるが、自分がそれと同じくらいにすきなのは、競技そのものが展開されているわけではない場所で、それについて語ったり考えたりする時間なのだな、ということを、久しぶりに思い出す場所だった。

この日のこのイベントの旗振り役の一端を担ったヴォレアス北海道は、2016年後半に発足し、以降バレーボールの中では画期的な発想のもと、その企画をひとつひとつ形にしている。そのこと自体には敬意を抱き興奮を憶えつつも、つくばユナイテッドSun GAIA(以下サンガイアと記述)を応援する自分個人としては、この動きやあげられ方が「今までのバレーボールではなかったことだ」とされそうになっていることに若干のむず痒さを感じている。もちろんヴォレアスは先行事例研究としてサンガイア回りは見ていたうえで、できたことできなかったことを見つめて参考にして拡げているのだろう
とは思うのだが、それでも。

思い出していたのは、2005年7月、のちにサンガイアと名付けられる新しいチームが発足することが発表された、東西インカレの企画の中で、つくばカピオホールにて開催された「ドリームフォーラム」というイベントのことである。豪華登壇者を迎え、同時字幕表示も為されていた。わたしは以前このイベントの内容をメモに起こしてブログに掲載したが、本稿ではそれを再編成する。

ドリームフォーラム登壇者

既に誰も現在のサンガイアの傍にはいない。それでも、現在に至るサンガイアの礎になった場所だとわたしは勝手に思っている。
括弧内は当時の肩書き。

・松田裕雄氏(東西インカレエグゼクティブプロデューサー)
司会進行を兼ねる。サンガイア発足時からプロデュース業務に関わる。2009/10シーズンに監督を務めたのを最後にサンガイアを離れた。
現在は筑波大学発ベンチャー・WAISPORTS代表。

・都澤凡夫氏(筑波大学体育科学系教授/筑波大学男子バレー部監督)
つくばユナイテッドVOLLEYBALL総代表。松田氏退任後は新法人設立(≒チーム存続)に尽力し、監督、そして理事長を務める。2014/15シーズン中の2015年1月逝去。現在サンガイア監督を務める都澤みどり氏は三女。

・加藤陽一氏(プロバレーボール選手:JTサンダーズ所属)
登壇時はイタリアでの選手生活を終え帰国、JTへの移籍を発表したタイミングであった。2009/10シーズンからサンガイアへ移籍、2014年まで現役を続け引退。その後は女子・久光製薬スプリングスのコーチを経てPFUブルーキャッツのコーチ、2018年4月より同監督。

・渡 和由氏(筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授)
専門は「サイトプラン」(街づくりのデザイン)。現・筑波大学芸術学系准教授

・蓮見 孝氏(筑波大学芸術学系教授)
日産で、長く自動車のデザインに携わる。専門は車および産業振興・ユニヴァーサルデザイン。2012年度から札幌市立大学学長を務めたのち、2018年からは札幌市立大学デザイン学部特任教授。

日本バレーボールの問題点(概略)

都澤氏:
男子バレーの実業団チームは、(2005年までの)ここ10年で13チーム廃部・休部された(新日鐵から運営形態が変わった堺ブレイザーズは含まず)。女子は、15年のうちに14チーム廃部・休部された(別法人に移管されたユニチカ(→東レ)・ヨーカドー(→武富士)はこの数に含む)。
これにより、日本バレーとしての競技力の低下につながっている。実に、男子においてはVリーガーの半分が全日本に呼ばれる状況となっており、全日本の価値が下がっている。
一方、セリエAは層が厚く、現在A1で14チーム、A2で16チームがしのぎを削っている(外国人枠各4名)。このような層の厚さの違いは、以前の日本と逆転した形となる。日本においては、Vリーグは現在「鎖国」状況になっており、刺激の大きい海外に自己の成長の糸口を…と思った場合には、現在所属するチームを辞めざるを得ないというのが現状である(それは身をもって感じているところでしょう、と話を振られる加藤氏)
強いチームをつくっていくためには、まずは強い日本人をつくっていくことが必要。まず、つくばユナイテッドVOLLEYBALL(以下TUV。当時の運営組織)がヨーロッパとの架け橋になる。選手個々を海外修行させること等を念頭に置き、挫折させない体制をつくっていく。

加藤氏:
ヨーロッパのプロと日本のVリーグ選手とは、技術的にも、精神的にも、取り組み方に差がある。海外でプロの厳しさを学んだ。
プロは自分の生活がかかっている。日本の実業団チームのように、「引退して社業に専念」という道はなく、保証もない。
それを考えると、日本の環境には厳しさが欠けるのではないか。

松田氏(司会進行):
その点、契約社会、プロ的精神、ということが深く根付いている社会であるということもいえるのではないだろうか。
現在、日本のバレーは「人が集まらない」状態。もっとも、価値観が多様化した現代では、強いから人が集まる、という時代ではない。サッカーがここまで短期間で人々の心を掴んだのは、「夢が見られる」「ビジョンが見える」ということと無縁ではないだろう。
魅力あるものには人は集まるものである。

環境・空間の力をどう高めていくか

渡氏:
「魅力性能」を上げることが重要。
それを好きになる、好かれ続けるという場所、内容。これは、持続するものでないと、やがて廃れてしまう。

加藤氏:
イタリアでは、スポーツ、街並、レストラン等がひとつのセット空間として出来上がっている。

松田氏:
それはまさしく「Art for all」に通じるものだと思う。
翻って、Vリーグを見た場合、Vリーグを通じて「魅力ある空間」は出来ているのだろうか。バレーボールの魅力は100面体くらいあるのに、認知されていないのではないだろうか。

都澤氏:
いい環境をできるだけ選手たちに提供したい。
ただし、いい環境とは必ずしも「プラスばかりの環境」ではない。プラスばかりのみを求めると、結局不満のみ残ってしまう。マイナスの環境をあえてつくっていく。
マイナスの環境をあえてつくっていく。

松田氏:
環境づくりは空間作りに通じる。
価値観が多様化して右往左往しているなかで、Japanese Styleの創生をはかっていきたい。

イタリアバレーのアイデンティティと、イタリア人の生活の楽しみ方から学ぶもの

(加藤氏が在籍していたペルージャでのスライドをバックに上映しつつ)

加藤氏:
イタリアでは、地域みんなでスポーツを応援してくれる。週1回の試合のみならず、練習等も、多くの市民が応援してくれる。

松田氏:
イタリアの選手というのは「生きる力」が強いのではないか。

蓮見氏:
イタリアには以前から関心が高い。日産の社内にはイタリア研究会があり、それに参加していた(会社から予算も出る)。
イタリアの風土や文化は、確かに、日本のそれとは異なる。生活を楽しむ力の差があるのかもしれない。
日本の弱いところ、というのは、「一部の人に特化したものの乱立」であり、「総合化されていない」ということにあるのではないだろうかと思う。普遍の価値=生命力、というものが確立されていないのではないか。
生命力を発揮するためのデザインが弱くなると、人間を形作るものが弱くなってしまい、結果的に世の中がネガティブ思考が進んでしまう元になるのではないか。
人々が夢を描きあって、それを素直に出し、伝えていく、夢を描き合える社会力が重要ではないかと思う。

松田氏:
それが、TUVのバレーにもつながっていくわけですね…

「強い日本人→強い日本のバレー」の創生へ

都澤氏:
今の選手は、合理的に説明しないと納得しない。気合と根性で通用するのは、自分(1949年生まれ)か、その少し下の世代までで終わり。
モチベーションを高く持ちやすい環境が重要。
ハードは拡充すれどソフトが伴っていない現状、やれることはいくらでもあるのではないか。

加藤氏:
(イタリアで選手生活を過ごして実感)選手を目指すものにとって、ユニフォームを着ることが出来るのがひとつのステータスとなる。
選手という存在を誇りに思うシンボルとなる。
「全日本に入るのが目標」というような存在にならないといけない。

松田氏:
要するに、現在の日本のバレーはぬ る い
これと決めたことをどうやってやり遂げるか、という力が弱まっている。
たとえば、今回東西インカレの運営に携わる筑波大生を募ったが、途中で離脱する者が少なくなかった。
バレー界においても、「人間力」の低下が戦力の低下につながっている。
TUVは「チーム」というくくりではなくもっと大きい意味での「クラブ」である。
スポーツの社会進出への新しい可能性を多角的に開拓、実践するような知的集積地を目指す。これを街の中へ、ひいては茨城県に、日本へ広げていく(全日本へ強い選手を送り出す、この地から世界へ人材を送り込む、総理大臣も出しちゃう…のようなイメージ)。

「強い」につながる街づくり

蓮見氏:
(スポーツを中心にすえた街づくりのイメージスライドを見つつ)
スポーツ、アート、居住地が融合した街づくりが、「健康な街」には非常に重要な要素(イタリアってそんな感じでしょう…と振られて、加藤氏にっこりうなずく)。
そこに住むと健康になれる、という健康なまちづくりを指向していく。
実は日本には「歩きやすい」街が多いのだが、つくば、およびつくば以降に誕生した新しい都市においては、車中心の生活が基本になってしまうところが多い。
実は、つくばの街は、普段人が行き来していないのでちょっと怖い。人が街に出ることによって、街に安心感が生まれる。
(ここでスライドを交えた渡氏のパートが始まるところだったのだが、PC不調。その際に先に客席に質問を振った…ところ、少々質問者の独演会が入り、結果としてかなり脱線し、時間が押してしまった。以下少々その回答からのエッセンス)。

都澤氏:
実業団のバレーチームが多く廃部になったことからも伺えるように、現在はスポンサーが上にいる時代ではない。まずクラブがあって、そのクラブがクラブの理念を以ってスポンサーを募る…というのが安定する。
現在の体制では、学校もクラブも中途半端になってしまっている。「プロ」のノウハウを持った指導者が不足している。
本来、クラブで指導にあたるのは、チームから選ばれた「プロ」の指導者であるべき。
現在は「五無主義」の時代といわれているが、そんな中で「人を思いやる」「弱いものいじめをしない」「ルールを守る」ことの大切さを満遍なく伝えられるのはスポーツ以外にない。体育でもそれは無理である

街のチカラ、バレーボールのチカラ

渡氏:
(サイトプラン:ようやくスライドのスタンバイOK)
1)住宅に囲まれた写真(確かアメリカの風景)。
日本以外でも公園は少々危険な場所である。公園が住宅に囲まれているというのは、公園にとっても、住宅にとっても益になる配置である。
2)スポーツを俯瞰できる住居
窓からプールが見える。そのプールには一流選手もやってきて、指導をすることもある。
3)スポーツを見られる空間と、程近い語らいのスペース
筑波研究学園都市も30年に至り、公園等の見直しの時期に入っている。
日本全国で街づくりのうまくいっているところを調べていくと、下記3つの要素が備わっていることがわかった。
1.リゾーム(根っこ)
街は装置ではない。枝葉の拡張にこだわるのではなく、根っこを重要視する必要がある。
つくばは学園都市であり、学生力、という根っこがある。
2.ノマド(応援団)
街の力を「鼓舞」する応援団の存在が重要。
ex.北海道の江差町は、普段は寂しげな港町であるが、お祭りとなると実に人口の10倍の「応援団」が集まる(年に1度、江差追分の全国大会がおこなわれ、非常に盛り上がりを見せる)。
3.賑わい(街の活用力)
実は、街に人影がないのは少々やばい。街の力の根本的な問題になる。
みんなでお出掛けして賑わう場所の支援(=イベントプロデュース)。

松田氏:
実は、「バレーボール」は、「シンボルスポーツ」に適している
かつて、紡績業各社が女工さんの士気を上げる為に競ってバレーボール部を持ち、バレーボールを通じて社内の士気を盛り上げたのは好例。現代においても、形を替え、地域力、一体力を高めていくシンボルとなりうるのではないか。
→TUVの理念「人のため、社会のため、次世代のため」にも通じる
実は昨日(第1日)約4500名の入場者があったが、その多くはバレーボールを知らない人である。つくばにおけるバレーボールの火付け役にも一役買っているかも。

都澤氏:
「大学生のVリーグ参画可能」となって以来、TUVを巡る報道について少々本当のところが伝わっていない感がある。大学がプロチームを作るのではない。つくばのTUVがプロに参画するのである。
大学生もV1(当時はVリーグというのは現在のV1カテゴリのみであり、その下部に別に「V1」というリーグが存在していた。現在でいうところのV2、V3にあたる)、地域リーグ(現:全国6人制バレーボールリーグ総合男女優勝大会)に参加できるように協会の規定を改正してくれたのを受け、来年1月から始まる地域リーグに、TUVとして筑波OB、現役選手によるチームで臨む。
現在は、チームの運営をどのようにするかを詰める最終段階である。法人格をどうするか等、あと1〜2ヶ月で詰めていく。

松田氏:
次の世代に向けては、「楽しさ」と「厳しさ」をどう教えていくかが課題。
(TUVのいろいろな活動のスライド)
1)TUVジュニアユースの選手(=中学生)は、練習終了後、「1人家庭教師」として、大学生(=筑波大学のバレーボール部員)に勉強を見てもらうというようなこともしている(もっとも、英検=筑波大学の単位のひとつ。非常に難しいことで有名=の勉強などでは、立場が逆転することもあるらしい)。
2)TUVジュニアユースの選手は大学生と一緒に練習する。一流選手のスパイクを時には顔面で受けたりもして、その力を体感する。
3)TUV主催のママさんバレー教室には、年100人ほど集まる。各ママさんのクラブを担当する部員がいる。部員と地域のママさんとのつながりは強く、今回(東西インカレでエキシビションマッチがおこなわれた際)わざわざママさん宅に泊まるVリーガーもいたほどである。(上記3件については、「サンガイア」というチームが発足する前からおこなわれていることである)
4)社会人チームの大会「ひまCup」を開催している。名前は「ひま」だが、実際は忙しい社会人が寸暇を惜しんでバレーに賭けて来る大会である。
筑波大もBチームを送り込むが優勝したことはない。社会人パワー恐るべし(この大会は「フォレックスリーグ」として、現在も発展している)。
5)女子の国際交流試合も開催。女子の指導者拡充は課題。きちんとした指導を受けている層と、指導を受けていない層の二極化がある。

補足

このテキストは2005年に聞いた内容を元にしている。いろいろな意味で、たたかいのれきし…を感じる。この時期にしてはの先見性と、そこから何が実って何が実らなかったかとについて、現在に至るまでしばしば考察を繰り返している。

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