ありがとうポイント

どうやら私は、すばらしいアイデアを思いついてしまったらしい。その名も「ありがとうポイント」。このポイントを導入してからというもの、子供たちは1日にいくつでも、自ら進んでお手伝いをしてくれる。うそみたいだけど、本当なのだ。

ある夜のこと。いつもの通り、姉妹の間でお風呂にどっちが後に入るかで争いが勃発し、両者一歩も譲らない膠着状態が続いていた。
うちの娘たちはお風呂に後に入りたがる。おそらく、長女が小学校に入って少し経った頃から私と次女が先に一緒に入浴して、長女はその後次女と交代か完全に1人で入るという習慣がしばらく続いたためか、「先に入るのは赤ちゃんで、後に入るほうがおねえさん」という印象ができてしまったようだ。
2年生の次女としては、そろそろ自分もおねえさんとして認められたいという思いがあり、そのためにはお風呂の順番はぜひ後にしたいところ。しかし、4年生の長女としては、お風呂の順番を譲るなんて姉としての沽券に関わる、絶対にありえないことなのだ。
そんなこんなで、2人のにらみ合いは10分以上続いていた。時間の無駄でしかない。

私としてはとにかくどっちでもいいからさっさとお風呂に入ってほしいので、あの手この手で子供たちを入浴へと誘うのだけど、その時、ある言葉が降ってきた。

「先に入ってくれたら、ありがとうポイントあげるんだけどなあ〜」

「ありがとうポイント」。自分で言っていてもちょっと恥ずかしいくらいにセンスのかけらもない言葉だし、というかダサいし、子供たちに響くはずないなと、言ったそばから次は何を言おうかと考えはじめていた。

すると、次女の目がキラリと光り、無言でスタスタとお風呂に向かっていくではないですか。予想外の展開に戸惑いつつも、次女の背中に向かって「ありがとう〜」と声をかけておいた。
しばらくしてお風呂場の次女から質問が。
「ねえ、お風呂の掃除もしたら、ありがとうポイント増える?」
ポイント付与の基準は特に設けていなかったけれど、何かやってくれるならそれは大歓迎だし断る理由がない。というわけで二つ返事で了承すると、今度はそのやりとりをそばで見ていた長女の心に火がついた。

昼間、2人で留守番中にやりたい放題散らかしたテーブルの上を整理し、「ありがとうポイントくれるよね?」と聞いてくる。
まさか小学4年生にまで「ありがとうポイント」が効果を発揮するとは。さらなる予想外の展開に驚きつつも「そりゃもちろん!」と請け合うと、部屋の中を眺め回して「他に何ができるかなあ」と考え始める長女。
その後、カオスと化していたランドセルラックの整理、テレビの前の床とローテーブルの片付けなどなど、目覚ましい働きぶりを見せ、そのたびに「ありがとうポイント」を追加。おかげで日中の散らかりぶりが幻だったかのように、部屋がものすごくきれいになった。まさにありがとうである。ありがとうポイントに感謝だ。

さらにこの効果は翌日も続いた。
職場について仕事に取りかかると、長女から次々メールがとんでくる。
「洗濯物たたんだから、ありがとうポイントくれるでしょ?」
「棚をきれいにしたよ!ありがとうポイントちょうだい〜」
「ほかにできることない?お手伝いで!」
大張り切りでなんでもやってくれる。この後、お願いした床の掃除+家中の掃除機かけも喜んでやってくれたし、さらに夜もまた、料理の手伝い、洗い物、食卓の片付け、ベッドメイキングなど、ふたりで手分けしたり協力したりして、てきぱきと片付けてくれたのだった。

ありがとうポイントおそるべし。実体もなければ、たまったポイントの還元方法についても何も決まっていないというのに、子供たちの心をガッチリつかんでいる。
ホワイドボードに正の字を書いてポイントを記録し、2人でその数を競い合っている様子もあれば、「それやってくれたらすごく助かるなあ」といった言葉にキラキラの笑顔で応えてくれたりもする。「ポイントを貯める」ということに楽しみを覚えているのか、はたまた「ありがとう」の言葉を求めているのか、どちらがメインなのかはいまだ見極められないけれど、とにかく子供たちには刺さっている。

でもやっぱり、お手伝いの後にありがとうを伝えた時の誇らしさとうれしさが交じった笑顔を見るにつけ、きっと母に喜んでほしくてばがんばっているんだろうなという気はしている。人間は誰かの役に立つことに喜びを感じる生き物なんだということを思い出させてくれる。
その表情を見られるなら、ポイントなんていくらでもあげてしまうんだよ。


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