JiF

子供っておもしろい。いや、うちの子おもしろすぎる。
めずらしく私が外出していた夜。帰ってきて子供達の部屋を覗くと、床の上の1枚の髪が目に留まった。

「Lovely Heart」

ノートのページを破った紙に油性サインペンでしたためられていたのは、どうやら何かの歌詞のようだった。
「ラブリーハートって何?」
と私が聞き終わらないうちに、長女が叫ぶ。
「うわあああ!」
次女に指示を出して紙を拾わせ、私に背を向けて訴える。
「ダメだよ!絶対見ないで〜!さっき作ったばっかりなんだから」
「えっ、自分たちで書いたの?」
「そうだよ!明日のライブで初披露するんだから〜」

どうやらお留守番中に2人で盛り上がり、自分たちのアイドルデビュー用の曲を作ったらしい。

「明日のライブで歌うから、そのお客さんじゃないと聴けないの。チケット買うなら、来てくれてもいいけど」というので、「行きたい!」と即答。すぐに前売り券を発行してくれることになった。

少し時間がかかるというのでリビングで待っていることにして、踵を返そうとしたところで、長女がささやく。
「ちょっと見る?ちょっとなら、見てもいいよ、歌詞」

「ええ〜いいの?見る見る!」

ちょっと照れくさそうに差し出してきた紙には、独特のセンスで選ばれた言葉たちが並んでいた。
まず、歌い出しが「あらまあ」だった。なんとも古風で、タイトルの「Lovely Heart」とはまただいぶ距離を感じるワードチョイスだ。この「あらまあ」で始まるフレーズが2つ続いた後は、とりあえずアイドル曲にありそうなノリのいい言葉たち。
そしてサビ前に出てくる「イェイ!×5」。「イェイ!」って、歌詞としてちゃんと書かれているのってモーニング娘。以来なのではないか。
ほかにもいろいろ気になるポイントがありすぎる独特の歌詞を一通り読み、「いいじゃん!すごいじゃん!」と満面の笑みで応える。もちろんお世辞だが、全くの嘘かといわれればそうでもないのが親バカの楽しいところだ。

しばらくすると、無事チケットが発行されたということでふたりでリビングにやってきた。もらったチケットには「前売り券 ジャパン・アイドル・フェス JiF」の文字。そして右下には「午前9:00〜9:30」との記載が。朝、早っ。

「これ実はペアチケットだから、1人でもいいけど、もうひとり連れてきてもいいよ。もし連れてきたかったら、だけど」
と、次女。どうやらソファで携帯を見ている父にもきて欲しいようだが、直接誘う勇気はないようだ。「わかった、誘っとくね」というと、満足げに頷いていた。
さらに長女から追加の情報が。
「ライブの後にはサイン会もあるから、もしサインがほしかったら紙も持ってきてね」
サイン!それは欲しすぎる!

1組しか出ないのにフェスって…とか考えながらチケットを眺めてニヤニヤしていると、ラメ入りのりのボトルで作った応援用ペンライトまで持ってきた。長女がピンク、次女が黄緑だそうだ。かなり本格的なアイドルコンサートだ。確実にKing&PrinceのコンサートDVDをお手本にしている。

ひと通りの準備が終わり、あとは寝るだけとなってドライヤーをかけてやっている間も、ずっと明日のライブについてあれやこれやとしゃべっている2人。ものすごく盛り上がっている。楽しそう。その姿を見ているだけでお母さんは嬉しくなってしまうし、幸せな気持ちになるし、このまま楽しく我が道を突き進んでくれよと思う。

しかし、終始会話には参加せず傍観を決め込んでいる夫はそうでもないらしい。
テーブルの上のチケットを一瞥して「朝9時から?早っ!そんな時間からアイドルとか見てられっかよ!」とか一人で突っ込んでいる。
興醒めだ。子供の遊びに冷静なツッコミを入れることほど虚しいことはない。一緒に楽しめばいいのに。つまらんやつめ。おまえなんか誘ってやらないぞ!



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