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エッセイ『Equinox』

両親と弟の骨は、既に合祀墓に眠らせた。全ては私の一存でしめやかに執り行われた。
父と弟が眠る墓へは、その日まで一度も足を運ばなかった。墓じまいの日、そこで初めて見る小さな墓はあってもなくても誰も気づかないほどの存在感で、ひっそりと佇んでいた。

二人の家族が先立ち、実家に私を寄せ付けない名目で最後まで実家に一人で暮らしていた母も、一昨年の冬にこの世を去った。
その朝。母の遺骨を持って家を出ると、そのまま車で墓地へ向かった。必要な書類に記入を済ませると抜魂式が始まり、すべてはあっという間に私の前を通り過ぎて行った。

三人の家族に尋ねたいことは、ただ一つだけ。
何故私をこんなにも忌み嫌い、家族の輪から排除し続けたの?

墓の維持は、最後に生き残った私に全て託されていた。
親だから、家族だから‥、
きっとほんの少しでも私を心のどこかでは思っていてくれた筈‥。
そう信じて人生の整理を進めて来たけどそんな私の思いは全部幻想だったと、両親の遺書が何もかも全て剝ぎ取り、最後まで私を否定し続けた。

それでも私は最後に生き残った、ただ一人の家族。

ようやく私は人権を得た。
長い間の虐待もそれにまつわる何もかも、すべてを終わらせる時が来た。

苦虫を噛み潰したような表情の父と、険しい表情の母と無表情の弟が私の背後に佇んで、背中を突き刺して来た。
どんな痛みも、あの頃の痛みを超えることなど出来ない。それほどまでに私は十分に苦しんで、今日まで耐えた。

もういいでしょう?‥と、家族三人の骨に問いかける。シャリシャリと骨が擦り合いながら幽かな音を立て、彼等の「絶対に許さない‥」と言う声が聴こえたような気もしたけど、それは私の台詞よ。
奪わないでね、私の生存の権利だけは。
 

4歳年の離れた弟はこの世に、私の刺客として送り込まれた。もっと早くそのことに気付けたら私は、これほどまでの悲しみを背負わずに済んだだろうか。

穏やかな時間も生活も家族の輪も、すべてを私から奪い取った弟が先に逝ったのはきっと罰。私はあなたがたの罰を天の采配にあらためて託したから、今はその沙汰を永遠のように待っている。
たとえどのような答えが下されたとしても、心のどこかで天と運が未来の私の最大の味方だと言う確信は揺らがない。

遠いことが昨日のように私の中を巡り行く。そして母が力ずくで私から遠ざけた最愛の神父が、新たな命を得てもう直ぐこの世に還って来る。
不運の中にもいつしか種は蒔かれ、もうじき芽吹こうとしている。私の母体からは遠いところで、息を吹き返す彼の音色が放たれて行く。
 

過去世で私の死を見届けたのが本当にこの人だったなら、今世で私と神父が家族になれなかったのは何故?
こんなに近くに居たのに、私たちは今世でも離れ離れのまま終わってしまった。
だから次のチャンスに賭けてみたい。

彼と親子になれなくても、友人にはなれそうな気がするから‥。

尋ねたいことが幾つも巡るけど、すべて風がかき消して行く。それ以上は訊くなと言うように、風が止まない。
天から幾つも、私を探しあてるように魂たちが還って来る。それらは春の淡い綿毛のように、「母」を求めて降りて来る。

生きる場所は別々でも、彼等は約束を果たすために私の傍にきっと居てくれるだろう。あとは私が彼等を探し当てる番。

長く生きよう。
周りに知った人たちが全て消えた後の世に、たとえ私一人が取り残されたとしても長く生きよう、彼等のために。
 


※今日 2023年2月23日、私が生まれる前から今日まで私たちを見守り続けたアップライトピアノが、マンションから運び出されます。
58年間、私たち家族の全てを知る最後の番人は、間もなく解体されます。

長い間、本当にありがとう。
さようなら。

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