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全力でバカやれるってすごい才能

恥を捨てて、バカなことやれる人はすごい。
オモコロチャンネルの「全力!漫画朗読選手権」を見て感じたことだ。

全選手、圧巻の朗読だった。なんにも内容がわからなくても、勢いだけで人間って笑えるんだなと実感する。

特にラストの恐山の『浦安鉄筋家族』の朗読シーン。元ネタのマンガ自体もカオスだが、その数倍はカオスな時間だった。普段、わりと静かめな恐山のキャラとのギャップも相まって、爆笑してしまった。全力の「しゃがだっち!!!」はオモコロ史上に残る名シーンな気がする。

靴下にシールがついたままなのもポイントが高い
シーン合間の疲れた顔がまた笑いを誘う


顔も(一部隠している人もいるが)晒して、こんなおバカなことを全力でやれる彼らは本当にすごい。スベったときのリスクとかは考えていないのだろうか。

こうしたほぼ匿名で、顔も映像も映さないnoteという場でさえ、自分は「おバカ」になることができない。ここ、笑いどころですよ、みたいな文章が書けないのだ。

理由は、「スベってイタイやつになること」が怖すぎるから。アニメキャラについて熱く語ったり、ソーシャルゲームのイベント告知に一喜一憂するのも、同じくイタイやつなのは間違いないのに…
それらはすんなりと書けるのに、ギャグだけ書くことができない。


色々と理由は思いつくが、一番は「賢いやつだと思われたい」という情けない自意識が原因なんだろうなぁと思う。だから、他者のおかしな様子にツッコミを入れたり、自分の失敗を俯瞰して書くことはあっても、道化を演じることはできないのだ。

funnyなお笑いなんかやるような自分じゃない、分かるやつだけが分かる高度な笑いを俺はやっているんだ、そんな醜い自意識が根底にある気がする。こうしたものを克服した人が、表現者として大成するのだろうなとも思う。オモコロの人たちしかり。


別にギャグ路線に行きたいわけではないが、表現をするうえで、変な自尊心を捨てるというのは、すごく大事な要素だと思うのだ。

臆病な自尊心と尊大な羞恥心は、自分を獣にすることはあっても、一流の表現者にさせることはない。自分の心の底までぜんぶ表現しきった作品が結局世の中に残るのだろうなと思う。

ギャグでも、エッセイでも、なんでも。まだまだ自分も研鑽せねばなと思う。

「しゃがだっち!!」と叫ぶ恐山を見て、そんなことを思った休日の深夜の日記でした。

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