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【おすすめ本】僕が僕になるまでの長い助走(西加奈子/サラバ!・夜が明ける)

今週もこんにちは。日本に帰ってきました。思ったより、寒い! セーターを着ています。

帰路の飛行機と車で西加奈子さんの本を続けて読みました。「サラバ!」(2014年)と「夜が明ける」(2021年)です。西さんは「サラバ!」で第152回直木賞を受賞しています。

「サラバ!」は主人公の歩(あゆむ)の一風変わった家族や友人、恋愛や成長を描いた長篇小説。「夜が明ける」は主人公の「俺」とその親友アキの人生を貧困や過重労働をテーマに描いた作品です。

▼▼今回の本▼▼

個性的な「サラバ!」と匿名的な「夜が明ける」

西さんの近著2作ですが、共通点と対照的な点があります。

共通点は、どちらもひとりの男性の生まれてから30代半ばまでの人生の軌跡が描かれていること。どちらも挫折を味わい、自分の生きていく道を定めるまでが作品の主題となっています。

対照的な点は、「サラバ!」の主人公歩が個性的な人間であるのに対し、「夜が明ける」の「俺」は、名前がない匿名的な存在であること。この違いは書き出しの一文から明らかです。

僕はこの世界に、左足から登場した。

西加奈子. サラバ!(上). 小学館, 2014. p.6.

アキ・マケライネンのことをあいつに教えたのは俺だ。

西加奈子. 夜が明ける. 新潮社, 2021. 位置番号No.17/4945.

「サラバ!」はいかにも主人公!な登場ですが、「夜が明ける」は主人公ではなくその親友アキの話から始まっています。「サラバ!」は主人公である歩に、「夜が明ける」は主人公の周辺の人物や社会に、スポットライトが当たっているのです。

キャラクターと明るさ

西さんすごいなと思ったところは2つあって、ひとつはキャラクターの強さ。脇役一人一人もくっきりした輪郭があって、魅力的。「サラバ!」の主人公の親友(鴻上なずな)が好きでした。

「ものが増えるのが、恥ずかしいし、捨てられないのが、恥ずかしい。」
 鴻上は、小さなしゃっくりをした。思いがけず可愛い声で、僕は声に出して笑ってしまった。
「鴻上んち、汚そうやもんな。」
「はい、汚いです。」
「それは恥ずかしいかもな。」
「いや、汚いのは恥ずかしくないんです。」

西加奈子. サラバ!(下). 小学館, 2014. p.71.

部屋が汚いのは平気でも、ものが増えるのが苦手な女の子。気持ち分かるなあと思ったり。

2つ目のすごいところは、どちらもかなり重たい内容なのに、どこか爽やかな明るさがある作品に仕上がっていること。無理して明るく書くのではなく、自然と明るい作品に仕上げるのは、西さんの魅力だと思います。

(でも「サラバ!」の主人公が、あるエジプト人の一家に「また会いに来る」と約束をしたのは気になりました。途上国にいる現地の人と関係性をつなぎ続ける、というのは、僕自身が一生かけてやろうとしていることでもあって、すごく大変なことなのに、簡単にきれいに描かれてしまった気がして、かなしかったな)

両作品とも全篇緻密に書き込まれていて、そこも魅力でした。ひとつひとつの小さな出来事が転がり、かけ合わさって、固有の形に膨らんでいく。一気読みできる作品をお探しの方にお勧めです。

(おわり)

▼▼前回の本▼▼


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