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【おすすめ本】ことばに追われて、救われて(李良枝/石の聲)

今週もこんにちは。

李良枝(1955-1992)は韓国人の両親を持ち、日本で生まれた作家です。初めて韓国を訪れたのは25歳の時。以降、37歳で夭折するまで、韓国という場所が彼女の創作の源泉になりました。100回目の芥川賞も受賞しています。

本作「石の聲」はそんな彼女が残した最後の作品です。未完で、20歳の在日韓国人であり詩人のスイルの葛藤を描いた1章のみが完成稿になっています。

▼▼今回の本▼▼

本作のキーのひとつは、日本で生まれ育った韓国人の主人公スイルと韓国の微妙な関係性です。会社で韓国人ヘイトに直面した彼はこう苦悩します。

血としては「韓国人」でありながら、韓国語も知らず、「韓国人」を自分の同胞として弁護し、その名誉を守ろうとするほど、自分が「韓国人」であるとも言い切れない……

李良枝. 石の聲. 講談社文芸文庫, 2023. p.81.

そんなスイルは、恋人と別れ、会社を辞めて、韓国へ移住します。そこで元恋人の英子からスイルに届いた手紙がすごくいいです。恨みもあり、励ましもあり、それでいて全体的にすごくさっぱりしている。

母に似たのだ。自分もこの母のように、影にさらされ、影におびえ、ある時は影に自分を見破られながら、離れることも、憎みきることもできずに生きていくのだ。そう思いました。二人の女たちは、確かに悲しいし、確かに不幸。でも、そう言い切ってはいけないのよ。人間て、多分もっと強いものなのよ。それなりに、真実を生きていて、それなりに、その真実に満足して生きているんだわ。そうに違いない。

同上, p.110.

母国であり異国である韓国で、孤独になったスイル。彼は心の拠り所にしていた詩が書けなくなっているのを発見します。そこで編み出したのが「根の光芒」という儀式でした。朝起きてすぐ、じっくり根を張るように、前日を振り返るのです。

身体の内側、自分の身体を作っている骨と骨の芯の部分が、じわじわと熱くなってくるのがわかる。(…)身体から力が抜け、緊張していながら解放され、心地よい興奮が身体全体に広がっていく。そして徐々に意識が集中し始める。(…)そのうちに、ゆっくりと、記憶の中から湧き出てくるように言葉が浮かぶ。

同上, p.11.

「根の光芒」が終わると、スイルは「朝の樹」となづけたノートを開き、左側のページに前日の日記を、右側にさっき浮かんできた言葉を記します。それは彼が必死で探し求める詩の断片です。

 義しさを意志し
 佇みつつ
 問う
 待ちつつ
 仰ぐ

同上, p.17-18.

スイルの詩との闘いは、まるで自分であるのをあきらめたくないという叫びのようでもある。その叫びは深く傷ついたひとりの人間の、それでも生を指向するエネルギーです。ことばに追われて、救われる。そんな書くことの厳しさと癒しとを、本作はぼくらに教えてくれている気がします。

(おわり)

▼▼前回の本▼▼


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