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【おすすめ本】最後に悪党が笑う、名作であり"一大茶番劇"(ブレヒト/三文オペラ)

今週もこんにちは。関東は雨で、桜は散ったというのにまだカーディガンを着ています。あたたかくして過ごしましょうね。

さて、今週の一冊はドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトの代表作。ぼくが読んだ岩波文庫版のあらすじが非常に的確なので引用します。

俗臭に満ちた登場人物たちが繰り広げる一大茶番劇。悪党が恩赦によって処刑寸前で唐突に救われるという皮肉たっぷりの結末は、いかにも「叙事的演劇」を唱えたブレヒト(1898-1956)らしい。

ブレヒト. 三文オペラ. 岩波文庫, 2006, 表紙.

街の乞食のボス(!)ピーチャムの娘ポリーが、街いちばんの悪党メッキースと結婚し、ドタバタ騒動を経て、メッキースは逮捕されるが、処刑の寸前で救われるという話。台本よりも音楽で有名で、作曲はドイツの作曲家クルト・ヴァイル(1900-1950)が手がけました。

▼▼今回の本▼▼

とにかく毒というか皮肉がすごいので、いくつかご紹介。例えば、乞食のボス・ピーチャム。街中の乞食を取りしきる彼は、乞食たちに「もっとみじめに見える衣装を着て同情を引け!」と言います。

以下はピーチャムが商売の秘訣を語る第1幕のシーン。

何か新しいことをやらかさなきゃいけません。私のビジネスはひどく難しい。なぜって、人間の情に訴えるのが私の商売ですからね。(…)だから例えば、ある人が片方の腕がとれて先がすりこぎみたいになっている男を見て、最初はびっくりして十ペンスやる気になったとしましょう。ところが二度目はもうせいぜい五ペンスになる。三度目にそいつを見たときにゃ、冷酷無情にも、その男を警察に引き渡しちまうでしょう。

同上, p.14-15.

貧しくみじめであることはそれだけでは金銭的価値を生まない。もっと新鮮でもっとドぎついみじめさでないといけない。それは豊かな人たちに見せるための貧しさです。でも、都市における貧しさは豊かさによって作り出されている面もある。これは痛烈な風刺でもあります。

ちなみに、ピーチャム自身が乞食のときに着る衣装は「昔はいい暮らしをしていた青年の衣装だ、若い頃、こんなひどいことになるとは思いもしなかった男のだ」ということです。胸がグッとなりますね。

あと強烈なキャラといえばやっぱり悪党メッキース。盗賊団のボスでありながらロンドンの警視総監と友だちで、他人を操って好き勝手やっているのに自分では人を殺したことがない。

見ろ、鮫の赤いヒレ
人を食った、血だぞ!
だがメッキースの手袋には
シミ一つ付いてねえ。

同上, p.10.

歌もいい。翻訳者の腕の見せ所で、読み比べたいところです。「人間の努力のいたらなさの歌」や「悪の教典」で使われた「メッキー・メッサーの殺人物語大道歌」などが有名です。

俺だって偉い奴に
なりたい気持は分かる。
でもその暮らしを見ると
これじゃとてもたまらない。
貧しくても清く生き
孤独でもへこたれぬ。
それもいいがその暮らしは
楽しくはありゃしねえ。
幸せの道は一つ。
豊かさこそ快適!

同上, p.126-127.

これは「快適な生活のバラード」からの引用ですが、あくまでこうした考え方のこっけいさを炙り出す皮肉でしょう。とはいえ、完璧に否定はできないところに面白さがある。ちなみに、ブレヒト自身は強固な反ナチ主義者でアメリカに亡命もしています。

なお、ぼくが読んだ岩波文庫(版元品切)には訳者の岩淵達治さんの解説がついていて、本作品の初演までにかなりのドタバタがあったことが書かれています。これが相当面白い。なんと製作費を出したヨーゼフ・アウフリヒトがブレヒトに作品の執筆を依頼したのは上演のたった四ヶ月前! 

そのあとも開演四日前に役者が交代したり大事な役を演じる妻の名前がパンフレットに載っていなくて作曲家がキレたり、こんな下品な役はできないと女優が降板したりと、トラブル続きだったとのこと。

よくそれで上演しようと思ったな! とツッコみたいですが、アウフリヒトは初演の日を自分の誕生日から絶対に動かしたくなかったそうです。こんなドタバタも含めて「三文オペラ的」だなあ、と思わずにはいられません。

(おわり)

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