高橋依摘『僕はきみの餌食』について

 この作品はおそらく15禁相当なので注意。

 このオムニバス形式の作品の共通設定を紹介しておくと、「人間の体液摂取を必須とする淫魔たち(男性形女性形どちらもいる)が、人間社会に適応しつつ体液摂取元を確保するため会社を設立しました」というものだ。その会社内では当然ながら、淫魔と人間のカップルが日々イチャイチャすることに励んでいる。

 これだけ聞くと、明らかにエロシーンに持っていく意図しか感じられず薄っぺらい娯楽作に思えるかもしれないが、そんなことはない。一つ一つの話が本当に含蓄のある言葉に満ちている。主体的に生きること、自分のことを正しく愛すことを、簡潔かつ論理的に台詞として織り込む技術は圧倒的なものがある。
(ついでに言うなら、この作品は人間が淫魔の「エサ」とされていることについてかなり繊細な問題意識を持っている。淫魔たちはときとして人間よりも性のパートナーの意志を尊重しているように見えるので)。

 今回は1巻収録の第2話について語りたい。人見知りが激しく、遠慮がちでなかなか人間の体液を得られない淫魔のミミは、あるとき委託先の建築会社の社員・千葉の汗を舐めてしまい、文字通り味を占めてしまう。しかし、千葉は施工期間が終わるとミミの会社には来なくなる。ミミが悶々としながら千葉の再訪を待っていると、彼のほうからプライベートでミミを訪ねてくる。その時のやり取りを一部引用させてもらう。

千葉「俺に会いたかった?」

ミミ「うん!」

千葉「なら
なんで連絡してこないんだ」

ミミ「…え? だって仕事が終わって
来なくなっちゃったから
誰も連絡先教えてくれなかったし」

千葉「調べりゃわかんだろ
ここの工事してる会社に勤めてるんだから」

ミミ「でも だって
私なんかが」

千葉「『大人しく謙虚で』だっけ?
俺それは違うと思う

辛いんです 弱いんですって顔してもじもじしてれば
誰かが助けてくれると思ってないか?」

 痛烈である。「そういうキャラ」としてやってきたミミに対して、千葉は一片の遠慮もなく指摘を加える。私としては、自分が困っていることをそれとなく伝えてスマートに助けてもらえることも時として必要な能力ではあると思うのだけど、それは今はいい。

 こういう説教めいたことを言いながらも千葉がイヤミな男ではないのは、彼自身も絶対の自信を持ち、卑屈な考えも浮かばずに行動できているわけではないからだ。

俺は今日 お前に会いたくて来た
こんな立派な会社に 人形みたいにかわいいおまえに
住む世界が違うとビビりながら
でも 来た

ここで告白される躊躇いが、会社の規模やブルーカラー・ホワイトカラー間の懸隔からきているというのがいかにもリアルで、男の考えだなあと思う。それはともかく、このようなビビりを隠すことなく、それだけ自分の会いたさが強いということの例証に使える率直さは間違いなく彼の美徳である。

 ミミも、千葉に言われたことが図星だったからといって「じゃあ絶対に一人で!」と悪い意味で潔癖にならず、他の社員の助けを借りつつ千葉のあとを追いかけることになる。人間そこまで急に変われるものではないし、彼女はそれでいいのである。問題は助けてもらうことが良いか悪いかということではなく、自分のしてほしいことはまず自分で表現すべきだということである。ずうずうしいと思われるとか、希望を受け入れてもらって借りができるとかを恐れるあまり、いつも先に相手に自分の欲望を認めてもらおうとするのはときに怠慢といえるのではないか? 千葉が省察を求めるのはその点である。


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