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竺園寺 坐禅会に参加して セカンドライフを愉しむ ~60歳からの人生のキャリア~ 

市川市に竺園寺という臨済宗大徳寺派石井山のお寺があります。月に2回土曜日(不定期)の夕方5時から坐禅会が開催されています。
名前の通り、本堂が竹にうっそうと囲まれたお寺です。

私はこの夏から参加させていただいており、もう初冬になってしまいました。

きっかけは、近所で坐禅会が開かれているお寺がないか、ネットで探したことから始まりでした。以前から車でこのあたりを通っていて、お寺自体の存在は知っていましたが、ここで坐禅会が開催されていることは、ネットで調べて分かりました。

坐禅会の座り方

5時きっかりに、坐禅会が始まります。
坐禅開始前に担当の方が木版を鳴らし、また坐禅開始直前に住職が鐘を鳴らします。

木版の合図と鐘の合図を両方とも坐禅開始の合図だと思っていましたが、調べてみるとどうやらそれぞれに意味があるようです。

木版を鳴らすのは、これは、「大衆に諸事を報知するために設けられたもの」とされています。

大衆とは、現在でも多くの人達(大衆・たいしゅう)という意味用いられます。しかし、仏教では大衆(だいしゅ)と読み、仏法を聞く人達の事を指します。禅では特に修行者を意味します。

要するに、木版は修行者に「さあ、坐禅会を行います。集まって下さい」と知らせるものです。

なので、これは正確には坐禅開始の合図ではありません。

次に、住職が手に持つ鈴(リン)=引磬(いんきん)といいますが、これを使っていよいよ坐禅を始めるよ、という合図を行います。

坐禅では、この鐘を三回たたく止静鐘(しじょうしょう)、二回たたく経行鐘(きんひんしょう)、一回たたく抽解鐘(ちゅうかいしょう)と放禅鐘(ほうぜんしょう)という四種類の意味があります。

始まりの合図は、引磬(いんきん)を三回たたく止静鐘(しじょうしょう)です。さらに音木(おんぎ)=割笏(かいしゃく)という拍子木の小形のもの(通常紫檀という木で作られている)を2回鳴らし、坐禅開始となります。

警策の意味

竺園寺の坐禅会は、25分の坐禅が3回、合計75分坐ります。その中で、2回目に住職が回りながら、警策を与えていきます。

警策(きょうさく、けいさく)は、皆さんもご存じのとおり、坐禅を組んでいるとき、修行者の肩ないし背中を打つための棒の事です。警覚策励(けいかくさくれい)が正式名称で、曹洞宗では「きょうさく」、臨済宗では「けいさく」と読むそうです。一般的に持ち手は円柱状で、先端に行くにしたがって扁平状で、材質は多くが樫や栗。打つ側は「警策を与える」、打たれる側は「警策をいただく」という言い方をするそうです。

警策を与える者を直日(じきじつ)または直堂(じきどう)と言い、坐禅中の禅堂内を巡回し、修行者の坐禅が正しく行われているかを点検します。曹洞宗では警策を体の中央に立てて、臨済宗では右肩に担いで巡回するそうです。曹洞宗においては坐禅の姿勢が前かがみになっていないか、臨済宗においては法界定印すなわち坐っているときの指の形で、親指同士が離れていないかが、警策を与える1つの基準となっているそうです。

姿勢が前かがみになったり、法界定印の親指同士が離れたりするのは、坐禅に集中できていない証拠だからというのがその理由だそうです。

坐禅会の終了

そして、3回目の終わりには、1回目、2回目の終了時にたたく抽解鐘と同様に、放禅鐘を一回叩きます。

この意味は禅を放つ、つまり坐禅をやめることです。これが坐禅終了の合図となります。

そして、放禅鐘が鳴った後に「開静(かいじょう)」という合図を「雲版(うんぱん)」という木版で合図し、25分×3回の坐禅会が終了となります。

木版や引磬(いんきん)、音木(おんぎ)を使って坐禅を進めるのは、基本的に声で指図することをしないためです。

坐禅会は静寂の中行われ、それが心を落ち着けることにもつながります。

始めた当初、夏の終わりでしたので、お寺の庭から蝉時雨や虫の声だけが聞こえてきました。

この季節は、全く何も聞こえてきません。

こんなことからも季節の移り変わりを感じられるのが坐禅会の良さかもしれません。

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