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365 選挙戦を振り返る「復興の遅れ」


はじめに

長崎、島根、東京の補欠選挙で与党が惨敗した原因を政治と金の問題としている自民党幹部が多く見られます。しかし、それは真実でしょうか。
例えば、長崎3区では、維新と立憲の一騎打ちでしたが立憲が議席を獲得しました。やはり、少なからず維新が中心に進めている大阪万博やカジノを含むIRの誘致に対して批判的な意見が大きかったのかもしれません。
こうした政策の賛否が選挙に影響したことで、東京15区の選挙でも影響していたのでしょう。政治と金の問題は確かに大きかったでしょうが、本当の敗因は今の政治への不満だったのではないでしょうか。
今日の教育コラムでは、特に能登半島の災害復興の遅れや国の意識の低さについて国民としてどのように考えていくべきかを考えてみたいと思います。

災害復興の遅れ

能登半島地震の発生から3カ月過ぎ、報道で私たちが今回の災害について触れく機会も減ってきました。その一方で、災害復興が思うように進まない現状が、被災地では起きているのです。
災害発生時には、約35000人いた避難者ですが未だに8000人を超える人々が避難生活をしています。断水も解消されていない地域が多く存在し、未だに避難所ではトイレや入浴の回数を抑える人たちも存在しています。

2016年に発生した熊本地震では、最大18万人を超えた避難者が3カ月後には5千人を切り、断水はほぼ解消していました。能登半島は海に突き出た場所で山が多く、交通アクセスも限られていますので復旧活動の遅れを生じさせてしまいました。
復興させようとしても、過疎地域では高齢者が多くまた、木造建築や老朽化したインフラが目立つためその復旧が遅れる要因は多くあります。しかし、国が復旧復興を全力で支援すると約束したにもかかわらず、それが遅れているということは言い訳のできないことなのです。

解体作業については申請が数千件集まる中でもごくわずかしか進んでいません。いかに人も資材も機材も災害復興に集中していないかということです。道路の復旧や家屋の解体などが進めば復旧も進むわけですが、国費負担で進めると言っている分についても全くと言ってよいほど進んでいないのです。

政治の力

裏金問題の言い訳に終始追われてきた現在の政府は、復興の進捗状況や成果を自らの言葉で語ることを十分にしてきませんでした。もしも自慢できるほどの成果を上げているならば、政治家は自分の手柄として語るでしょう。
少しでも政治への信頼を回復させようとするならば災害復興の成果はまさにその目標の達成のために大きな意味をもつでしょう。
裏金を表のお金にするために不明だらけの収支報告書の修正をしたり、自ら破った法律を抜け穴だらけのままで作り直そうとも、国民は政治への信頼を回復させることはないでしょう。その答えは、今回の選挙で島根1区の結果で十分に示されたように思います。
ボランティアの数が足りていたとしても解体一つできない状況を今こそ政治の力で解消していくしかないのです。無駄に多い書類の手続きの解消や解体時の責任問題など自治体と国がいかに本気で解決していくかが今問われているのです。
コンパクトシティ化することや創造的な街づくりを推し進めるためにも、そこで済む人々の生活の再建が重要です。たとえ能登が再建されたとしても、事業が長引く間に人口減少が進んだ東日本大震災の時のような復興では課題が多く残ってしまいます。

政治への信頼は、政治家がいかにクリーンかだけを見ている国民はさほど多くないはずです。信頼がここまで失われているのは、経済政策や少子化対策の失敗、医療や介護の現状への対応、教育や福祉の充実に向けた取り組みの不足、そして、国民の命や人生を守るための災害復興の不十分さなどが原因なのだと思うのです。
長く続く日本の低迷は、政治の低迷そのものなのです。大きな既得権益と一部の企業や宗教団体の票を集票し守り続けてきた政治とは、いったいどれだけの価値のあるものだったのでしょうか。
結果は、能登半島で今行われている復興に表出しているのかもしれません。

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