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ドキュメンタリーのススメ

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「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもんで、ドキュメンタリー映画はオールジャンルで、玉石混淆で、予測不可能で面白い。周知の事実にすら新しい視点を与える、そんなジャンルです。個人… もっと読む
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記事一覧

ロシアによるウクライナ侵攻後の『マリウポリの20日間』

第96回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を獲得した『マリウポリの20日間』が公開された。この映画はウクライナ史上初めてオスカーを獲得した作品となったにもかかわらず、監督のミスティスラフ・チェルノフはアカデミー賞受賞式の壇上で「この映画が作られなければよかった」と語っている。 この監督はAP通信の記者であり、自身の祖国であるウクライナへ取材チームと共に入った1時間後に戦争が開始、そこから20日間に渡って現地の様子を記録したドキュメンタリーが『マリウポリの20日間』である。

『アインシュタインと原爆』~映画「オッペンハイマー」のお供に

映画『オッペンハイマー』において、登場シーンは少ないものの極めて重要な存在なのが「一般相対性理論」の提唱者、理論物理学者のアインシュタインだ。 原子力委員会による聴聞会へ参加するオッペンハイマーに対して、アインシュタインが話しかける。自分は国から逃げてきた身だが、オッペンハイマーは国に尽くしてきた。そんな君に対する国の仕打ちがこれかと。 アインシュタインはドイツ生まれのユダヤ人で、1933年にナチスが政権を獲得し、ユダヤ人への迫害が激化するとアメリカへと逃亡してきたという

ガザ、パレスチナ、イスラエルのことを知るのに観たい映画

先日とあるTV番組で、ガザ、イスラエル、パレスチナなどのキーワードが、ネットで全く検索されなくなっており、それが興味・関心が薄れている証拠だとコメンテーターが言っていた。Googleトレンドで見てみると確かにその通りである。 ハマース主導による越境攻撃が去年の10月7日、その直後と比較すると2024年3月現在では約50分の1程度まで、検索数は激減している。 人の関心を集め続けることは、この情報量が多過ぎる社会では特に難しい。しかし興味・関心がなくなったからと言って、ガザや

A24の手で40年ぶりの復活『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』

1983年にハリウッドのパンテージ・シアターで催されたトーキング・ヘッズのLIVEの模様を、後のアカデミー賞作品『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ監督が収めたドキュメンタリー映画、『ストップ・メイキング・センス』の4Kレストア版が公開された。 数年前にトーキング・ヘッズのフロントマン、デヴィッド・バーンのLIVE映画『アメリカン・ユートピア』(2020年)が注目を集めたばかりだが、40年も前の映画が4Kレストアされ、しかもその作業を行ったのが新進気鋭のA24だというのだから

眠れぬ夜には、BGMもナレーションもないドキュメンタリー映画を

「静謐」という普段は使わないちょっと上品な言葉で形容をしたくなる、そんなドキュメンタリー映画をご紹介したい。ニコラウス・ゲイハルターというオーストリアの映画監督による3本。夜、静かな部屋で1人、じっと画面を見つめていたくなる、そんな映画である。 映画は、固定カメラ(たまに動く)で捉えた風景とそこでの環境音とが、1カット20~30秒くらいでどんどん切り替わっていくスタイルだ。タイトル通り、ナレーションもBGMもない。ただただ映像と環境音のみがずっと流れていく。 しかしそれは

象を避け、馬に乗り、車いすを押して、ヒッチハイクする『世界の果ての通学路』

学校生活そのものと同じくらい、登下校の時間にも思い出があるんです。友だちの家の庭に入ったり、駄菓子を買い食いしたり、冬には大きいつららを振り回してライトセーバーに見立てたりと、私には毎日が大冒険でした。 さて今回、ご紹介したいのはそんな登下校の時に通る「通学路」についての映画です。そんじょそこらの通学路ではありません。『世界の果ての通学路』です。 私と比べ物にならないほどの大冒険を日々、通学路でしている世界の4人の子どもにフォーカスしたドキュメンタリー映画になっています。

新手のスパイドキュメンタリー『83歳のやさしいスパイ』

『スカーフェイス』のアル・パチーノの怪しげな笑顔を背景に、このドキュメンタリー映画は幕を開ける。一体どんな関係が…?この映画の舞台はチリで、『スカーフェイス』はマイアミだったはず。繋がりは分からないが、なんだか血と女と嘘にまみれた内容を思わせる始まり方だ。 しかし、この映画はそんな血なまぐさいスパイ映画ではなく、思わず緊張の糸が解けるというか、頬を緩めてしまうような、そんなドキュメンタリー映画である。(女と嘘にはまみれていたが…) キッカケは新聞の求人広告 本作の主人公

観る避暑:A24のドキュメンタリー『ディープブレス 呼吸、深く』で海底へ

暑い!いやー暑いですね。 こんな時は涼しい映画が観たくなるもんです。 新進気鋭のA24から「ドキュメンタリー?珍しいな…」と思ったのと、Netflixでのサムネイル(上記の女性が水中にいる画像)がなんとも素敵だったことに惹かれて鑑賞しました。 そしてかるい気持ちで見始めた5分後に、私は背筋を伸ばしたのです。 「あ、これは本腰入れて観るやつだ」 冒頭5分の強さ、みなさんにも是非これを味わっていただきたい。 水の中や暗いのが苦手、観る人を選ぶかもしれないA24×Net

コーラvs.ペプシのマーケティング戦争【ドキュメンタリー映画】

みなさんはコカ・コーラ派ですか? ペプシ派ですか? 1980~1990年代にかけて、ザ コカ・コーラ カンパニーとペプシコによるコーラ界覇権争い、マーケティング競争が激化しました。これが「コーラ戦争」です。 世界的な飲料メーカーによるマーケ合戦、これでもかと言わんばかりの両社フルボッコ殴り合いをドキュメンタリー映画にしたのが『COLA WARS / コカ・コーラvs.ペプシ』です。2023年7月現在、Amazon primeで観られますよ。 コカ・コーラが発売されたのは

ノンフィクション+ドキュメンタリー映画のコンボで歴史を紐解く!

とっておきの映画鑑賞方法をご紹介します。ノンフィクション映画とドキュメンタリー映画、このコンボです。扱われている人物・事件、有名・無名とそのジャンルは様々ですが、同じ題材について描いている2本の映画の組み合わせが、実は少なくありません。 ノンフィクション映画としてビジュアルイメージや物語を享受し、ドキュメンタリー映画で実際の映像や当事者の証言から情報を補完する。こんな贅沢な鑑賞方法はありません。 今回は、そんなノンフィクション映画+ドキュメンタリー映画でコンボを決めて、そ

本当に命を懸けてるドキュメンタリー『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』

凄いタイトルだな…とまず思う。ゲイの粛清という「ゲイ狩り」のインパクトも強いですが、チェチェンはウクライナ侵攻で話題の渦中にいるロシア連邦に属する共和国。現在進行形の問題ともオーバーラップするこの映画が意図せずこの時期に公開になったのにも、偶然とは言えない何かを感じます。 と、いう事でMadeGood Filmsさんよりご招待いただきオンライン試写にて鑑賞したこの衝撃的なドキュメンタリー『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』を、より深く理解できるようにネタバレなしで解説してい

暑い夏に、肝が冷える登山映画はどうでしょう?MERU メルー/FREE SOLO

ドキュメンタリー映画って、副交感神経を刺激してくれる大好物な映画のジャンルなんですけど、たまにクライムサスペンスやノンフィクション歴史モノと並ぶかそれ以上の緊迫感をくれるドキュメンタリーがあるんです。今回ご紹介したいのはそんなドキュメンタリーの登山モノ。 さすがに映画として公開されてるくらいだし、死なないだろう… と思いつつ鑑賞していても…複数回目の鑑賞でも…なかなか緊張感の拭えない、肝が冷える、まさにそんな映画。『MERU メルー』と『FREE SOLO』、ぜひご覧いた

映画好きSNSコンサルが観た『SNS-少女たちの10日間-』

このドキュメンタリーは、社会的な実験と、性犯罪の証拠という要素を兼ね備えていながら、見るに堪えないという側面も持つ強烈なコンテンツ。ぜひ怖いもの見たさでも良いので、普段は見ることのできない現実を直視していただきたいです。 私もSNSのお仕事をしている以上「SNS」と名の付く映画を観ない訳にはいかんぞ、という事で鑑賞してまいりました。 映画の概要 2020年のチェコのドキュメンタリー映画。巨大のスタジオの中に作られた3つの子供部屋と、幼い顔立ちをした3名の大人の女優。

意外と知らない『キース・ヘリング:ストリート・アート・ボーイ』

キース・へリングと聞いて思い浮かぶのは、シンプルな力強い線で描かれたカラフルかつキャッチーなポップアート。「ユニクロのTシャツのデザインの人」というイメージ。多くの方が私と同じ様なイメージを持っているのではないでしょうか。 今回この『キース・ヘリング〜ストリート・アート・ボーイ〜』を鑑賞し、私の彼へのイメージはガラリと変わりました。もちろん良い方向に、です。 ・キース・へリングの活躍した年代 ・彼の好きな音楽と、グラフィティ文化との距離 ・作品の持つテーマの深さ この3