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青果の「セリ人」から見る農業・野菜の流通構造

やっぱり、作ってくれる農家さんが1番なんですよ。もし明日、野菜が来なかったら、自分たちも、八百屋さんも商売できないですから。

卸売市場としての意識について、埼玉県の深谷中央青果市場でセリ人(せりにん)を担当し、現在は後進に託してバックアップに回っている圓岡善弘(つぶらおかよしひろ)さんはこう話す。

なかなか外からはその流通システムが分かりにくい業界だが、今回は初めてセリ(競り)の現場を見学させてもらい、競売を含む農業の流通についてお話をうかがった。

圓岡善弘氏

(以下、細字:圓岡氏、太字:筆者

農業の流通について調べると、青果の卸売市場はどちらかというと農家さんの方を、小売り屋やメーカーさんは消費者の方を向いているという記載がありました。

そうですね、確かに我々は農家さんに対する意識の方が強いです。

深谷中央青果市場ではセリで青果の値段を付けますが、ここの市場に来ているベテランの八百屋さんでも、買い値を下げ過ぎると農家さんのモチベーションも下がっちゃうから、最低限の値段では買わなくちゃというボーダーラインがあると思いますよ。

「食品の流通構造」
深谷中央青果市場は卸売市場
出典:minorasu Webサイトより

中央など大きい市場になると、農家さんの顔はなかなか見えないですけど、うちみたいな地方の市場は農家さんの気持ちを肌で感じますからね。

「産地市場」である深谷中央青果市場さんでは、農家さんから搬入された地元の野菜が競売にかけられるということですね。

産地市場
主に農家から出荷される青果の卸売。産地に密着し、農家の収穫した青果の集荷・選別・販売を行う。

消費地市場
消費地において開設される市場。JA(農業協同組合)、各産地市場、組合から出荷された多様な青果を用途別に仕分け、量販・小売店等に販売する。

例)りんごが家庭に届くまで
出典:JA全農あおもりWebサイトより

そうですね。ここに出荷された埼玉県産の野菜の99%は、競売にかけられています。

ここの青果は、次にどんなところへ運ばれるんですか?

北海道、東北、京浜地区、そのほか関西地区など日本全国です。買い手さんには、大きい消費地市場から来てて取り引き単位が大きいという方もいれば、小さな単位で取引を行う小売り屋さんなんかもいます。

買う量が少ない人は、競売ではなく「先取り」を行うことが多いです。必要な量を先に確保しておくんですが、セリにかからないので自分で値段はつけられない。100円で買いたくても、その商品に競売で200円の値段がつけば、その値段での購入になります。

量だけじゃなくて価格も事前に決めておく「予約相対(よやくあいたい)」という取引もあります。

深谷中央青果市場でのセリの様子
品物を見せながら移動してセリを行う

私がセリ人を始めた40年近く前は全て競売だったんですけど、量販店とか小売り産業が発達してきて、前もって数量や金額を決めておかないと予定が立たないということが起きるようになってきたんです。

需要に合わせて変化してきたんですね。ほかにも青果に値段を付ける方法はありますか?

市場によっては野菜がランク分けされていて、一番上のランクの野菜にだけ競売で値段を付けたら、あとは下のランクの野菜にも自動的に値段がつくっていうシステムのところもあります。大きい市場だと、そういう値段の付け方じゃないと競売に時間かかっちゃって終わらないんですよ。

朝8時半から始まったセリはテンポがかなり速い
この日は30分で終了した

確かにそうですよね。農家さんがここへ野菜を持ってくるのはいつのタイミングですか?

前の日の15時~20時の間か、当日の朝は5時~8時。要するに競売の前までに持ってきてもらえれば、その日のセリにかかります。多くの市場は夜も開いてて持ち込めるんだけど、うちの市場は住宅地だし高額な商品もあるから夜間は閉める。

ネギの例でいうと、農家さんがセリの2日前に掘って、それを1日前の朝で調整、皮むいて、根っこ切って、葉っぱ切って、箱詰め。夕方までに市場へ持ってきて、大型の冷蔵庫に入れておく。競売当日の早朝に、冷蔵庫から出してセリにかける。終わったら運び出して、明日にはまた各市場に持って行かれる。流れは大体こんな感じです。

冷蔵庫に入れるのは暑い今のうちだけで、これからの時期に冷蔵庫へ入れるのは、ほうれん草とブロッコリーなどの軟弱野菜。ネギに関しては、寒くなればそのまま市場に並べるだけでOKになります。

画像中央の奥に冷蔵スペースがある

深谷産のねぎ、ブロッコリー、ほうれん草がありましたけど、やっぱり地元の野菜を売るために、ほかの地域のねぎやブロッコリーを入れないようにするという調整もあるんですか?

それは大いにあります。やっぱり地元が最優先なので。

ただ八百屋さん(買い手)からの需要があって、その時期に地元でなかなか採れないものについては、ほかの地域の市場からもらうこともありますよ。

市場で見る深谷ねぎは店頭より美味しそう
この日は入荷量も多かったそうだ
画像奥まで深谷ねぎ
隣にあるのは同じく深谷産のブロッコリー

深谷の市場を見学させてもらって、東京の市場にも行ってみたくなりました。あそこは一般の人でも見学できるんですか?

できます。シティ青果(豊洲市場)は、一般の人は2階からガラス越しに見るっていう感じです。あそこは魚もあるし、青果だけでうちの10倍以上の広さがあって、競売も全然違う方式でやってるから、興味ある人は1回見た方がいいと思う。

東京都中央卸売市場

インターネットが普及して、自分でEC販売をする農家さんもいると思うんですけど、そういう農家さんにとって市場に持ち込むメリットはなんですか?

そういう農家さんは、大体自分で全部やっちゃうんですよね。ネット以外にも、大きい市場の仲卸さんのところに直接持って行ったりしているみたいです。市場に持ってくるのは基本的に、生産に力を入れていて、販売は任せてしまいたいという農家さんです。

ここに持ってくると、以降は全部お任せになるので「それで良いのか」って考え方の人も当然います。販売努力に加えて、輸送も自分たちで運賃かけて行かなくちゃいけないので、それぞれ採算が取れるかどうかの判断になりますね。お金以外にも、今まで市場がやっていた事務作業とかも自社での対応になるし。

原則として、農家さんはどこへ持って行こうが自由です。うちの市場に持ってきても良いし、隣の熊谷市の市場に持ってっても良いし、どこでも引き受けてくれると思います。

そうすると、例えばネギはA市場で、ブロッコリーはB市場に持ち込むっていうこともできるんですか?

そういう農家さんも何人かはいます。市場がたくさんある地域では、競争になりやすい。一年間の取引額も大きいですからね、大量に売り上げてくれているお得意さんがいなくなっちゃうことだってありますから、気が抜けないですよ。

深谷市場には地元産以外にも
たくさんの農作物が来ている

農家さんにとっては「直売所」での販売も1つの手段ですよね。

そうですね、仮に市場で安値がついてても、直売所ではそれに左右されずに、売りたい価格で販売することができます。誰が食べてもウマいと思うほどの仕上がりなら、その農家さんの名前が付加価値になるんです。というのも市場の仕組み的に言って、市場を介すと、特定の農家さんの青果が食べたくてもまず当たらないんですよ。

例えば、農家Aさんのイチゴをスーパーで買って食べたらすごい美味しかった。また食べたいと思って同じスーパー行っても、Aさんのイチゴが来てる確率は極めて低い。0ではないけど。

市場にはたくさんの農家さんが売りに来ているので、買い手の八百屋さんや仲卸の方は、同じ品種のイチゴは買えても、同じ農家さんのイチゴを買えるわけではないんです。

実際に、直売所で結構いい値段がついているイチゴ農家さんはいて、そこだと市場の倍近い値段でも買いたいっていう人がいっぱいいる。逆に直売所で農家さんの名前見て、今日は欲しい農家さんじゃないから買わないって人もいるので、そこはシビアですよね。

買い手が特定の農家さんを気に入って、市場を介さずに直接買い付けようとするのはマナー違反ですか?

それは、市場に出入りできなくなっちゃうんですよ。

市場の中で「農家Aさんのイチゴが5ケース入って来てるけど、2ケースだけ分けてやってくれない?」ってセリ人から繋ぐというやり方ならOKだと思うけど、直で取引しちゃうというのは、もうこの市場とはもう縁を切るってことになってしまう。地方だとね、そういう噂も広まりやすいし。

自分で販路を作ってやってた人も市場に戻ることが多いので、なんだかんだ市場は便利なんだと思います。持ち込んだ全ての野菜に値段がつく。もし自分で売り切れなかったら余りが出るし、日が経つほど鮮度も落ちるからロスが出やすい。でも市場に出せば、トータルするとちゃんとした金額になりますから。

どの仕事もそうですけど、特に人と人との関わりが重要な業界ですよ。うちの市場は小さいから、ほとんど全員の顔がわかるし。

だからこそ、自分で畑を見に行って写真撮って、それを八百屋さんに見せて「畑がこういう状態だから、来週ぐらいに入荷すると思います」っていう情報交換ができたりするのは良いよね。綿密にコミュニケーションが取れる。

農家さんも、八百屋さんも、我々も、少しでも売って商売したいわけだから、協力し合えるのはすごく良いところ。


▼深谷中央青果市場Webサイトはこちら

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