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音魂・官能

シャーマンから学ぶ、共生共存の世界観を学ぶ

シャーマンとは祖霊と繋がり、それが宇宙の根源と繋がる。
繋がった宇宙からのメッセージをコミュニティの人たちに伝える役割

ジャンベと肉声で空気を震わせるシャーマン
瞑想を含めえたシャーマン によるワークショップ

最後のレッスンはアウトプット

それぞれの参加者の独自の表現方法で伝えてみる。

まずは、2代前の祖霊と繋がる瞑想

手を胸と横隔膜のところに置き、光の循環を感じる

宇宙と繋がる方がよっぽど簡単なのではないかと思うほど、
家族とのつながりが薄い。

母方、父方、血のつながりの内親戚たち

私が繋がったのは、母方の曾祖母
彼女の霊能力は天然で率直
血統から見ると、彼女とのつながりが一番強く感じられるが、
曾祖母とは一回もあったことがない。

色んな人の顔が浮かぶが、
一番私を公平に扱ってくれたのが父方の祖父。
付き合いは一番短かったけれど波長が合った。

後は、血のつながっていない伯母
私の魂は一度彼女の中に存在したことが実感できる
本当は、出来損ないと思っていたのかもしれないと今では思う
しかし、最期を看取ることが出来たことだけで帳消しだと勝手に終わらせている。

私が繋がる何億という祖霊たち。宇宙と一体になっていった祖霊たち。

ワークショップ最終日

一人一人がそれぞれの生きている証を持参した。

作り出す能力にたけた人たち。

その中でも、特に20年前マダガスカルでの旅の話は衝撃的だった。

音楽から離れていたミュージシャンのタガが外れて作曲してきてくれた。

私は、作り出すことが出来ない人間だったので、
何をしようか考えたが、「音に合わせて動く」こと以外何も思い浮かばなかった。それを「踊る」とは言えないけれど、
シラウオの踊り食いというのがあるのだから、
筋肉の自動収縮が起きれば、「踊る」と表現しても良いだろう。

モノを作るということが苦手だ。
美しいものを作るための練習が苦手なのかもしれない。

私は、インストラクターのシャーマンにジャンベを叩いてもらって、即興で動的表現をすることにした。
トロンボーンも参加してくれて振動がこそばゆくて、絶妙に官能的

祭りの中で村人たちが顔を化粧をするように
私は、マスクをかぶって我を忘れた

伝統舞踊でも、ダンスでもない。
ただ、リズムに合わせて蠢いているだけ。

私らしいアウトプットだと思う
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米国に住んでいるときの自由さをふと思い出した

学生の間はメインは学業だが、短大だから難しくはない。
週3学校、週4クラブ通いしていたときもあった。
セックスはスポーツの一種だった。
それ以外は映画を見るか時々バイトをする程度の時期が
1年半ぐらいあったのだろうか。

それでも、私は、行き過ぎることがなかったので
今でも、どこか不完全燃焼のような気がしている。

一生懸命、とか、必死、とかいう生き方はできなかった。
何故かというと、劣化したゴムのようにすぐに切れてしまうからw

この生真面目さを取っ払って
もっとも純粋な出鱈目な生き方に早くに気が付けばよかった。
なんて、よゐこだったのだろう。
後悔先は立たないものだ。
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今更だけど、裸足になればよかった
靴の重みで、どこか抜けきれなかった。

終わってみて、祖父と再会したような錯覚が今でもする。

「私が、私でありますように」

私が生み出したものを思い出した。

息子

私の最高の表現は出産だったかもしれない。

呼吸、力み、心身一如の体験。

でたらめに動く
でたらめに生きる

実は、でたらめにシンクロできたときが
一番幸せかもしれない。

音に合わせて動いていたら
でたらめを極めた感じがした

ふとOHSHO系のタントラ・セックスを熟知していた元彼を思い出した。

出鱈目な出会いだったが
フィット感は唯一無二だった

今回も準備は出鱈目、発表も出鱈目、
必死感ゼロ

今回、彼とのセックスには及ばなかったけれど、彼とセックスするときの自由な感覚が蘇ってきて楽しかった
終わりよければすべて良いことにする

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