呟ききれない散文に
歌うのも話すのも、昔の方がもう少しだけ上手かった気がする。
耳が悪くなった(と思い込んでいる)からだろうか、音を発するのがどんどん苦手になっているように感じる。
話すのは得意ではない、けれども好きだ。
聴くのはもっと好きだ、けれども聴き方に華も芸も無いのだ。
耳の代わりに目で見たものを写しとれていたらいいのだが、それだって特段上手いわけではなかった。
下手なことや出来ないこと、そうなってしまったことだらけだなあと思う。
基本的に劣等感だらけで生きている。そんなことないよ、とか、あなたは素敵だよ、とか、そんな慰めには真っ向から反論してやりたくなるくらいに。
面倒なやつだ。もうちょっと素直に生きられないものかと呆れるけれど、そうすぐには変われないのだろう。
何でもかんでも下手だ馬鹿だと思われているのでは、なんて勘繰ってすぐにやめてしまいたくなる。
最近は特にそうだ。怖いもの知らずな若さが抜けていっているのか?自分を客観視することが出来るようになったのか?
ただ小心者の度が増しただけなのかもしれない。本当は下手でも馬鹿でもなくて、誰にもなんとも思われていなくて、なのに自分だけが自分を貶し続けている。
わたしの聴力はきっとまた落ちる。
耳が悪くなるというよりは、脳の処理速度が落ちているといった感じだろうか。実際、病院へ行っても聴力はそれほど下がっていないのだという。
それなら歌うのも話すのも下手になったって仕方ないやと思う。
ついでに聴くのも書くのも撮るのも、脳が劣化しているなら一緒か、と。
けれども、やめない。
というか、やめられない。
歌うのも話すのも、聴くのも書くのも撮るのも、全部楽しい。
楽しいをやめてしまったらわたしは終わりだ。きっとそこで止まってしまうのだ。
継続は力なり。続けてさえいればきっと見える何かがあると、愚直に信じているのだ。
まだまだこれからだ。わたしの人生なんか、まだ始まったばかりだろう。
楽しいを、力に。
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