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Sunano Radioの詩。
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#poem

インスタント



1.

起きたらまず、珈琲を飲む。
インスタントの珈琲だ。

美味しくはないけれど、珈琲には違いない。村上春樹がよく「新聞紙を煮詰めたような」とか「雑巾の絞り汁のような」と現すのでわたしは毎度、鍋でぐつぐつと煮詰められた新聞紙と、廊下の隅々まで拭き掃除してぼろぼろになった雑巾を想像しながら珈琲を飲む。

当然だけど、喫茶店のドリップコーヒーやカフェのフレンチプレスのような幸福感はない。でも

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しるし



・・

曖昧でとらえどころのない「夜」を白で四角く区切って、言葉をひとつずつ貼りつけていく。意識はいつもの森の奥ふかく。枝葉からするりと墜ちて散らばった記憶のしるしを手にとって、神様になったつもりで慎重に並べていく。焦ってはいけなくて、形にこだわりすぎるのもいけない。素直になること。音を聴くこと。呼吸をすること。

誤読が重なって、今日もただの絵空事だったかもしれないのだけど、それでもあなたは

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やがてほのかに白く光る

日曜日なので、映画館にきた。

スモールサイズのコーヒーを買って、指定された席に座り、スクリーンに映る予告編を観る。私はいつも予告編からわりと真剣に観てしまう。目当ての映画に関するヒントが隠れているわけでもないのだけど。

劇場内はひと組のカップルと私と同じくらいの年恰好の男性がひとりいるだけだ。カップルは私から3列前の左端に、男性は私よりかなり後ろに座っている。カップルはときどき頭を寄せあって小

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イベリスアリッサムサカキ

彼女は前髪を手で直すとき、困ってもいないのに眉毛を少しだけハの字にする。ぼくはそれを見るのがわりと好きだ。春先は気分が鬱ぐのであまり外に出たくないのだけど、前髪のことを考えれば、まあ、すこしなら歩いてみましょうか、という気持ちにもなる。

それでも
、人ごみの中に入ると、自然と膝が震える。ぼくは待ち合わせ場所につくまでのあいだ、歩を進め
ながら、右足、左足、右足… と順番に唱えていく必要があった

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