ノルウェイの森

村上春樹が大好きです。
高校生の頃に、暇つぶしのつもりで父親の本棚から適当に「ノルウェイの森」を借りて読んだのがきっかけでした。何度も繰り返し読んで、すっかり虜になりました。かといって、私はいわゆる「ハルキスト」ではありません。「ハルキスト」はどちらかと言うと苦手です。村上春樹ほどひとりで殻にこもって読むのにぴったりな作家は居ないのに、どうしてあんなに群れを成したがるのだろうか。やれやれ。

話は変わるけど、恋愛で誰かと付き合う直前の、微妙な雰囲気の時期ってありますよね。

連絡を頻繁に取るようになったり、顔を見るとなんでか笑っちゃったり、その人の趣味に興味が湧いたり、会社のパソコンで仕事中にその人の名前をタイピングして、フォントを順々に変えてどれがいちばんしっくりくるか眺めたり、太字にしたり、戻したり。

そういう時期って、気持ちを探り合っているから、相手が何を考えているのか想像するけど分からなくて、もやもやするし、相手が同じことを考えていることが分かると通じ合ってる気分になれて嬉しいですよね。

私にも何度かそういう時期がありました。数は少ないけど。その中に「村上春樹が好き」という人がいました。共通の趣味です。ポイント高い。
その人と、はじめてふたりで出かけた日に映画を観ました。作品はまさしく「ノルウェイの森」でした。

初デートで映画館はぴったりのように感じますが、私は彼女がどれくらい村上春樹のことを好きなのかを知らなかったので、不安な気持ちもありました。もし、ノーベル文学賞の発表のたびに仲間と集っては毎年毎年悔しがって「来年こそは」という謎の熱意を燃やす類の人だったら…。もし付き合うことになって、その会合に誘われたら自分は付いていくのだろうか…。付いていったとして、当落のときにちゃんとリアクションできるだろうか…。

付き合うかどうか全く分からないのにそんなことを考えても無駄なのですが、その当時はデリケートな問題として映画館に到着してからも、もやもや考えていました。その結果が出るのはおそらく映画を観終わって、どこか落ち着ける場所で映画の感想について話すときだろうな、と思っていました。そのタイミングならば色々質問し易いし、熱量も伝わってくるだろう、と。

しかし、観終わる前に結果は判明しました。私たちは映画を観ている途中で、同じ箇所で笑ってしまったのです(もちろん笑う場面ではなかった)。映画版の「ノルウェイの森」が世間的にどういう評価を受けているのか知らないので気分を害す方もいるかもしれないのですが、小説のイメージとあまりにも違っている部分があって、そこでふたりとも笑ってしまったのです。

どういうシーンかと言うと、直子(ヒロイン)が冬の山で主人公に、えーと、フェラチオをするという場面で、小説の印象だと、音もない静かな場所で行われる儀式のような神聖さを感じる大切なシーンだったのですが、映画だと、ずっと風が轟々と吹いていて、雪も滅茶苦茶に吹雪いていて、寒くてとてもそれどころじゃないように見えてしまったのです。あんなに寒くてはなかなか勃たないだろうし、そもそもあんな環境でアレをズボンから出すのはどう考えても不自然でした。

私が口元を手で抑えて笑いをこらえていると、隣からクスクスという声が漏れてきました。その瞬間に、「あ、この人とは同じ価値観だ」と感じることができました。そして、帰り道でその人とはじめて手を繋ぎました。

ありがとう。ノルウェイの森。


#日記 #エッセイ

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