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性暴力の加害者に復讐を -吉田秋生「吉祥天如」が伝えるメッセージ-

吉田秋生さんの「吉祥天如」という作品をネタバレなしで紹介します。

主人公の小夜子は高校生にして大人びた雰囲気を持つ絶世の美少女。
そんな小夜子が性的ないやがらせをしてくる加害者に次々と恐ろしい復讐をしていく物語。

あまりにも恐ろしい復讐なんだけど、小夜子が抱える加害者への恨みや憎しみ、心の傷を思うとなんだか責める気にもなれないのです。

この作品が発表された1983年、日本社会は今よりも性的なハラスメントに対する意識が低く、被害者が「こんなことをされて嫌だった」と訴えても「まあまあ、そんなにカリカリするなよ」なんて軽くあしらわれてしまう時代だったんですよね。

そんな時代に、作者がこの作品を発表したことはものすごく大きな意味があったんじゃないかと思います。
誰よりも被害者にとって。
そう、これは被害者への癒しの物語なのでしょう。

残酷な復讐の疑似体験は、深刻なトラウマを持った人への心理療法として非常に有効です。

実際は、現実の世界で復讐なんて意味がない。
そんなことしたって結局自分が傷つくだけ。
復讐なんてよくないことだ、やめた方がいい。
頭ではそう分かっていても、やり切れない気持ちが渦巻いて止まらない。
被害者の中には、そんな状況の人もたくさんいるのではないでしょうか。

だからこそ、それを芸術作品の中で果たしたことが素晴らしい。
だからこそ、この作品が被害者救済としての大きな意味を持つと、わたしは思うのです。
漫画という芸術作品の中で、安全な形で被害者の復讐心をしっかりと満たしてくれるこの作品は、セラピーとして大きな役割を果たしていると言えます。

作者としても、本当だったらこんな極悪な人間を描くのはかなりエネルギーのいる作業でしょう。精神的な消耗が激しいはず。
ここまで恐ろしい人物像を描くことって、ふつうはやっぱりできないものです。心理的にどうしたってなかなかできずに、ちょっとぐらいはいい人っぽく描こうとしちゃう、それが人間の心理というものです。

それなのに、作者がここまで冷徹非道な復讐の鬼と化した主人公を最後まで見事に描き切ったのは、どうしても伝えなきゃならない大切なメッセージがあったからじゃないでしょうか。

ここまでの複雑で繊細で大切なテーマに、真正面から切り込んでいく作者の並々ならぬ決意が紙面からも十分に伝わってきます。
その気迫こそが読み手に、強烈な痛みと癒しとを同時に与えているのかもしれません。

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