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住む国を選べる世界へ

「あなたはなぜ日本に住むのですか?」

と訊かれたら、どう答えますか?

A. 日本人だから
B. 日本で生まれ育ったから
C. 日本が最も住み心地が良いから
D. 日本以外の国に住む合法的手段がないから

どれももっともな答えだと思います。
A から D のすべてが当てはまる人もいるでしょうし、B のみで十分な答えと考える人もいるでしょう。

日本に住む人々は、それを自由意思によって選択しているのでしょうか。
それとも、しがらみや惰性、あるいはなんらかの強制力によってそうしているのでしょうか。

もうこんな国には住めない

スイスから香港に移住して 3年がたとうとしています。
2019年 3月から香港に住み始めた私は、この地の好きな部分と嫌いな部分が同居していました。
好きな部分は、東京の 8掛けほどもある便利さと食の充実。
嫌いな部分は、やはり東京並の都会の喧噪と、アジア特有のガサツさ。
スイスとは何もかもが真逆なこの国で、スイスになかったもののありがたみを噛みしめつつ、スイスにあった平穏がないことを差し引き、プラマイゼロくらいの心持ちで過ごしていました。

香港に住み始めて 3ヵ月後に大規模な民主化デモが勃発し、香港は市街戦の戦場と化しました。
そして、デモが鎮静化しないまま、コロナ禍が始まりました。
集会の禁止等のコロナ規制によってデモは著しく弱体化し、パンデミックのドサクサに紛れるようにして国家安全法が成立。一国二制度は終焉を迎え、香港は死にました。
コロナが、デモや国家安全法を上書きしたかのようです。
しかし、真の重大事はコロナではなく、香港の民主化が失敗に終わったことです。

香港政府の常軌を逸したコロナ規制にずっと我慢してきました。
先週(2022年 2月 8日)政府がコロナ規制のさらなる強化を発表したとき、私のなかでブチっという音がしました。
香港政府が “With コロナ” ではなく “ゼロコロナ” を目指していることをあらためて思い知らされ、絶望的な気分になったのです。
「今ごろ気づいたのか?」と嘲笑されるのを覚悟のうえで言います。
香港政府は、北京の中央政府と同じ方向を向いている。

すべての学校とほとんどの施設・店舗が強制的に閉鎖されました。
3人以上の人間が会うことを禁止(👈意味不明です)
ワクチン 3回接種は事実上の強制です。
アパートメント単位のロックダウンは、ほぼ全住民がアパートに住んでいる香港では、都市全体のロックダウンに進展するのは時間の問題です。
国境での車両検疫が強化されたため、野菜などの生鮮食品がスーパーからもオンラインストアからも消えました。

“鎖国” という言葉が脳裏をよぎります。
それとも籠城でしょうか。セルフ兵糧攻め?
ゼロコロナ政策に対して、経済成長云々の観点から批判する勢力がありますよね。いやいや、そんなことよりもだ。これらの規制で真っ先にダメージを受けるのは、一般市民の日常生活ですよ。

もう一度言います。
悪いのはコロナではありません。
香港が自治権を失ったことが問題なのです。

生まれてくる国は選べないが、住む国は選べる

国ガチャとかいう言葉があるようです。
日本で生まれた私は、国ガチャでたいへんな幸運に恵まれたと思っています。
私が 1年以上住んだ国は日本を含めて 8ヵ国。どれも仕事絡みです。
そこに自分の意思はあったか、と考えると、中動的にあったと思います。

日本の会社に嫌気がさして、スイスの会社への転職を決めた。
スイスからの転勤先として、オランダとフィリピン等の選択肢もあるなかで香港を選んだ。
能動的な強い意志ではない。かといって受動的でもない。中動態の選択。
特定の国に住みたい、という願望はありません。ただその時どきで、自分の置かれた状況を受け入れ、数個の可能性の中からマシ (better) と思える選択をしてきただけです。

シンガポールやドバイに移住した日本人を「税金逃れ」などと批判する向きがあるようです。
日本人は、日本に住んでいなくても、日本国に税金を納めなければならないのでしょうか。
日本で生まれ、日本国籍を有している人は、日本という土地に一生縛られるのでしょうか。

土地に縛られるという言葉からは、封建制の小作農や中世ヨーロッパの農奴を連想します。
また、江戸時代の武家なども領国に縛られていたと言えます。
現代ではそれが、日本という巨大な国民国家に拡大されました。
愛知県で生まれた人が、東京に住むのも北海道に住むのも、原則として自由です。
しかし日本国外となると様々な制約があって、そうそう気軽に移住することはできません。封建社会の人々が土地に縛られていたように。

私はもう一度、移住というカードを切ろうと思います。
やはり能動態の自らの意思によってではなく。
他人の意思に人生をもてあそばれる受動態でもなく。
「こんな国には住めない」という状況に対処するためです。

さて、どこに住もうか。
まず、中華圏は論外。他のアジア諸国も選択肢から外そう。
ただし日本は残す。当然だろう。アジアで唯一常識が通用する国だ。
日本以外では、結局ヨーロッパになるのか。政府がまともに機能していて、政治家も国民も、自由・人権・民主の価値観を共有している。

世界の国々には 3つのカテゴリーがある。
① ヨーロッパ諸国
② 貧困な国
③ 独裁政治が支配する国

ある政治学者の独り言から抜粋

期限を 1年に設定する。
2023年 2月までに、まっとうな国で暮らしている自分と家族の光景を想像しよう。
これより求職モードに入る。できれば社内転勤がいいが、いいポジションがなければ社外でもいい。1年あれば焦ることはない。

国境をまたぐ移住は簡単ではない。しかし、不可能でもないのです。

日本人が日本を捨てる日

民に移動の自由がなかった時代、民は住む場所を選べないからこそ、統治者は民を慰撫するものでした。
移動する自由がある時代に、統治者が民を慰撫しなくなったら、どうなるでしょうか。
自由な民は、ひどい国に見切りをつけ、まともな国に移動するでしょう。
そうなるべきだとも思います。なぜなら、民の流出を防ぐために善政を行うというインセンティブが働くからです。グローバライズした時代に機能するのは、統治者の徳や倫理観などではなく、国家間の競争原理なのです。
税率を低くして高額所得者を誘致するのも、国の競争戦略のうちです。

高額所得者ではなく節税に関心もない私が求めるのは、マネーではなく自由です。
言論の自由。
外出の自由。
商売の自由。
飲食の自由。
人と会う自由。
マスクを着けない自由。
ワクチンを打たない自由。

それらすべての根幹にあるのが良心の自由です。個人が何者にも強制されず、自身の良心的な考えに基づいて、正しい行動をとる自由。
これがない国に住むことは私には耐えられそうにありません。

私が住む国として日本を選ぶとしたら、それは私が日本人だからではなく、日本で生まれ育ったからでもありません。私の答えは C です。
住み心地の良い国=日本は、コロナ騒動でいくらか弱点をさらけ出した感がありますが、それでも良心の自由がある国です。憲法が保障する “自由権” に基づき、日本の政府は国民に不自由を "強制" することはありません。
自粛などの “要請” はタテマエであって事実上の強制と同じだ、という意見もあるでしょう。しかし、そのタテマエこそ生命線、と私は考えます。
日本がタテマエを捨て、”要請” が強権的な命令になった途端、どこかの国と変わらなくなります。そうなったら、私は日本を選ばないと思います。

香港人に 2種類のタイプがいるのを感じます。
良心の自由を奪われた香港に耐えられる人と耐えられない人です。
耐えられない人たちは、生まれ育った香港を捨て、カナダや UK に移住することを選びました。

私は、日本政府の良心を信じます。
日本が香港にならないことを信じます。
万が一、政府がそうなりかけたときに、国民がノーと言うことを信じます。
そして最悪のケースとして、日本が将来そういう国になってしまった場合、それに耐えられない日本人が住む国を選べる世界になっていることを信じています。

(追記)
私が香港の職場で聴き取った、香港人のホンネについて書いた記事です。