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『あかり。』 #25 手が合う人・相米慎二監督の思い出譚

映画監督には、手が合う俳優が誰にでもいると思う。
長く演出をやっている人なら、なおさらそうだろう。
欲しい芝居を確実に出してくれる人。ちょっと予想より数センチ上のレベルで出してくれる人。初めての俳優の通訳者になってくれる人。
それはそれはいろんなレベルで、信頼関係を築いてきた俳優たちが。

相米監督とっては、柄本明さんや寺田農さんや笑福亭鶴瓶さんや中井貴一さんがそうである。何作品かでスパイスの効いたことをさりげなくやっている。

そして、今回キャストに加わった三浦友和さんもそうだった。

ずいぶん以前、「三浦友和さんのどこがいいのですか?」と馬鹿な質問をしたことがある。監督は、お前はそんなこともわからないのか…という顔をしないで、ちゃんと答えてくれた。
「だって、友ちゃん『受け』がうまいもん」

芝居にはパスの出し手と受け手がいる。受け手がセンスがよくないと芝居が成立しなくなる。受け手に引っ張られてどんどん相手のパスの精度が上がる。(佐藤浩市さんはどちらかというと、監督にとってパスの出し手のような気がする)

撮影で、しばらくぶりにあった二人は和やかだったが。特に言葉を多く交わすわけでもなく、ほどよい距離感に見えた。
カメラが二人の間にあり、三浦さんは監督が醸し出す「わかってるよな」という無言の演出にあれこれ受けのポジションを変えながら工夫していた。
今回の相手は渡辺麻里奈さんだった。
確か、広告代理店のプランナーが大ファンで、自分の念願のキャスティングだから、実現したことに、やたらとはしゃいでいた。ファン心理はいつだって微笑ましい。

その日も相米演出は、相変わらずだった。
年上の夫と年下のかわいい妻。企画はそのパターンだ。違ったのは、三浦さんが少しクールでとぼけた感じだったことだ。あまり温度が高くない。温度が高いのは渡辺さんの方だ。そのバランスで行くことにしたのが、なんでなのかはわからないが、三浦さんと目で合図して決めていた。
三浦さんも監督が曖昧に示した落とし所をわかっていて、そこのゾーンに向けて、少しずらしたりしながら、久しぶりの再会を楽しんでいたようだった。

受けが上手い、とは俳優の技術であり、タイプである。
サッカーだとボランチのようなものか。試合全体をコントロールし、パスを前線に供給し、守備も強い。いざとなったら、飛び出してシュートも打つ。

三浦友和さんには確かにそんなイメージがある。

『台風クラブ』で演じたダメ教師。
『あ、春』で演じたちょっと兄。

どちらも映画の中で、不吉な色合いをになっている。
三浦さんに不吉なものを背負わせるというのが面白いキャスティングだ。
(三浦さんは若い頃、FWとしての役割を担わせれていた俳優だった)

今回は、なんとなくほんわかした感じで撮影は終わった。
天気も快晴で、滞りなく。
それは本来はいいことなのに、なんとなく物足りなさも残った。突発的なことや、うまくいかない何かを心のどこかで待っていた。
不謹慎なことである。

そういえば、なぜか今回のロケ現場は厚木だったので、周辺を何度かロケハンした。厚木といえば七沢温泉だと監督が言うので、温泉も巡った。
厚木といえば牡丹鍋だろう、と監督が言う。
確かに牡丹鍋の看板が多い。
それで、各宿、飯屋の牡丹鍋の食べ比べという、なんとも生産性のなさそうな企画をやることになった。
比べてみると、猪肉の鮮度や味噌の調合で各店味は違う。とはいえ、牡丹鍋だ。そんなに差があるわけでもない。しかし、いったん牡丹鍋縛りを言い出したものだから、毎日、牡丹鍋を食べていた。

きれいな竹林を携えた宿のものが一番美味しかったと記憶している。

後に、なぜか僕もその辺りで撮影することがあり、その時も牡丹鍋をスタッフと食べた。鍋はやはり大勢で食べる方が美味しい。

監督は鍋物が好きだった。
一人でいると食べれないからだろうと気づいたのは、ずいぶん後のことだった。
そのころは、ただ一緒に美味いものを食べるのが楽しかった。




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