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NewsPicks新潟コミュニティがオフ会を11/23に開催

時事ニュースに対してコメントできるNewsPicks

日本経済新聞のデジタル版というか、デジタル領域分にあるシェアをきっちりと抑えつつ、本や動画などのコンテンツを作り込みながら、ビジネスパーソンに対しての訴求をガッチリ取り組んでるNewsPicks。

この媒体の厄介なところは、ついつい専門家でもない、ぼくみたいなドがつく素人が偉そうに講釈を垂れるようなコメントを長々と書いてしまう点だ。

物知り顔でコメントをつけて投稿をしたりすると、自分の厚顔無恥ぶりが存分に発揮される点において、ぼくは幾度となく恥ずかしい思いをしてきたのだろうが、それに気づくことはない。

なぜなら、誰もぼくを止めないからだ。(ちが…)

日本の政治における重要なポイントになりそうなことが起こった際、たとえば、日本よりも北に位置する彼の国がミサイルを日本海に向けて発射した、などは格好の餌食になる。

「許せない」

「何という行為だ」

「どんな思考体系をしているのか」

そんな風に感情が前面に出たコメントもあれば、冷静に世界情勢を分析した上で書かれているコメントもある。

そんなコメントが書かれてる中で、「何が問題なのですか?よくわかりません」なんてコメントは書けない。

いや、書いてもいいとは思う。実際にあったことのある人なんて一握りで、ユーザーの中で顔を合わせる機会など、そうそうない。

そして、実際に顔を合わせたからといって、「あなたのあのコメント、非常に恥ずかしいですね」なんて言ってくれる人はいないし。

そっと距離を置かれるに決まっている。

なぜなら、ぼくが逆の立場だったら、間違いなくそうするからだ。たぶん。

ただ、そんな中でも、サービスのローンチから1年、2年と経過する中で、ちょっと大喜利的な使い方がなされた時期があり、ぼくはこの時期を【牧歌期】と名付けている。

そう、もちろん、勝手にだ。

そんな大喜利的な使われ方、愛に満ちた自由な風土を感じていた時期に、“実際に顔を合わせる機会”をユーザー同士が頻繁に開催し始めた。

ぞくにいう、オフ会。今回、新潟で開催する方向で話が進行している。

にいがたオフ会を11/23に開催

過去には新潟でも、何度か“にいがたオフ会”が開催された。

だが、今回のオフ会は力の入り方が違う。

本格的にコミュニティを設けた上で、日本はもちろん世界中のビジネス界に対して「“新潟”の存在感を高めていこう!」と息巻いたところから始めていくことにしているのだ。

「世界」なんてかっこよくて一丁前な表現を使っているが、世界=地球を指している以上、日本だって「世界の一つ」だ。文句を言われる筋合いはないだろう。

ぼくの主導で始まったわけではないが、幸いにして声をかけてもらえたのもあるし、なんならキッカケとなる場所に居合わせることができたことから、こんな風に書いている。

2018年9月に開催して以降、それなりに認知をいただいたから、にいがたオフ会のメンバーとして共に活動をさせて頂くことになった。

早速ではあるが、11/23(土)にオフ会を開催するので、ぜひ都合がつけられる、もしくは、都合をつけようとしてくれる方は参加してほしい。

なぜ、ぼくが誘うのか。参加者の前で話をするからだ。

これまで主催してきたイベントの話に始まり、ぼくが新潟をどんなエリアにしていきたいのか、それに対して自分がどう動いていこうと考えているのかをお話しさせていただく機会だ。

ぼくとお近づきになりたいと思う人などは、決して多くはないとは思うが、共にお酒を酌み交わすぐらいならしてもいいと思ってもらえるような経験はしてきたつもりなので、ぜひ、お願いしたい。

すいません、偉そうですね。

ぜひ、お願いします。

新潟を許容度の高い前向きなエリアに

ぼくは2018年にイベントを主催して以降、もっといえば、そのイベントのメインゲストである岡部さんとtwitterでつながったところから、個人の広く浅いつながりから“おもしろいコト”を成すことができるのではないか、と考えてきた。

結果、運良く、ぼくはこれまでイベント、つまり”コト”を成すに至ったわけだが、そこで思い知ったのは“一人では何もできない”こと。

それまでも、自分が「できる人間」だと思ったことは一切なく、自己肯定感の低い人間だったとし、イベントを何度か開いてきた中では、改めてそれを痛感した。

それと同時に、コトを成すために必要な(自分に不足している)チカラを埋めるためには、人と「つながりをベースにした信頼関係の構築が不可欠だ」と考えられるようになった。

それはつまり、ぼくが『誰か』にならなければならいのだと自覚する機会にとなったわけだ。

たとえば、文章を書くにしても、誰かのまえで話すにしても、「何を書くか」や「何を話すのか」ではなく、「だれが書くのか、話すのか」が重要で、もっと言えば「なぜ、書くのか、話すのか」が大切で、それは個人の思い、つまり感情だ。

機械的に、論理的に仕事を進めるのは決して得意ではないし、どちらかと言わずとも完全に苦手だが、感情をさらけ出しながら共感する人を増やす取り組みならば、ぼくは『誰かの役に立てる』のだと考えてる。

その結果が2018年9月から2019年2月までのイベント主催だった。

スポーツの業界人でもなんでもない一個人だったとしても、思いを源泉に行動を起こし、それに賛同してくれる方々と協力することで、一つの“カタチ”をつくれるのだと検証することができたし、これをベースにして仲間を作りつつ、その輪を広げていくのをライフワークに。

そう決めた。

属すのが苦手な遠藤が登壇

これまで転職回数は個人事業主としての活動も含めれば、5回以上になる。つまり、その回数分だけ所属組織を変えてきた。

その中で気づいたことがあって、ぼくは「属すのが苦手」だ。

これまで、ぼくが所属してきた組織で一番長い組織は小学校で、つまり6年間。それですら結構ギリギリだったのを覚えてるし、同じメンツの中で居場所がなくなってしまいかねない恐怖感を大きく感じていたのを思い出す。

ドップリと、メンツの変わらなければ、やらなければならないことも変わらない集団に属しつつ、所属長の威光を後ろ盾にしながら活動する…

ダメだった。

生活も仕事も切り離せないし、どちらを優先させるのか、そのどちらをどう分配して過ごせばいいのか、それはどうしたら達せられるのか…

ずっと考えてきたし、いまだに答えにたどり着けてない。

ただ、誰かに『どうしてできないのか』を言われるのも、言うのも耐えられそうにないことだけはわかったのです。

それを打たれ弱いと見られるのかもしれないし、情けない奴と評されるのかもしれないけれど、別に構わない。

仕事、と名のつくものをする際には、誰かの陰に隠れてではなく、しっかりと自分の責任の名の下にやらないとダメなんだな、と実感している。

そして、意味のわからない、訳のわからない自分が望んで作ったわけでもない”しがらみ”に縛られつつ、苦しみながらも回答を模索するようなことのために時間を割かれるのが心底、本当に心の底から嫌になった。

また数年経ったら考え方に変化があるのかもしれないが、そんな風にぼくはぼく自身を受け止めている。

こんな風に、他人からしたら出来損ないの人間かもかもしれませんが、いっちょ前に文字を書くこともできるし、人様の前でそれを話す機会もいただけるようになってきた。

そんなぼくが話す機会でもある、NewsPicksの新潟オフ会。

ぜひ、参加を!


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